日本に“北欧ブーム”を巻き起こした映画『かもめ食堂』。その舞台として多くのファンに愛されたフィンランド・ヘルシンキの日本食レストラン「Ravintola KAMOME」が、今年9月にその10年の歴史に幕を下ろしました。店主を務めていた小川秀樹さんは、閉店の理由と共に、今後の新たな再出発への展望を語っています。この象徴的な場所の終焉と、それに続く新たな挑戦は、海外での日本食文化の普及とビジネスの難しさを浮き彫りにします。
家賃高騰と「店の限界」:閉店に至る決定的な理由
小川さんが「Ravintola KAMOME」の閉店を決断した最大の理由は、家賃の高騰でした。店舗の家主が代わってから、家賃が継続的に値上がりし、レストラン経営の継続が困難になったと言います。開店から10年という節目のタイミングも重なり、この決断に至りました。
しかし、家賃問題だけが理由ではありませんでした。開店当初は一般的な日本食を提供していましたが、フィンランドの人々にもっと本格的な日本の味、特に珍しく高級食材であるうなぎを身近に味わってほしいという思いから、「うなぎの蒲焼き」をメニューに加えることを考案。日本から本格的な炭火焼用の備長炭を仕入れ、店でうなぎを焼き始めました。しかし、店舗の構造上の問題で換気がうまくいかず、煙が充満する事態に。煙たいキッチン環境でスタッフから不満の声が上がり、「この状況では働けない」と訴えるスタッフも現れました。小川さんは、自らのこだわりを実現することが難しいと感じ、「店の限界」を痛感したといいます。
「かもめ食堂」ロケ地として知られるフィンランド・ヘルシンキの「Ravintola KAMOME」の外観。多くのファンに愛された店舗の象徴的な姿。
「フィンランドで日本食を」:『Ravintola KAMOME』誕生秘話
「Ravintola KAMOME」の誕生は、小川さんの長年の夢と偶然の出会いから始まりました。小川さんは元々、兄と共にアメリカや日本で飲食店を運営しており、約30年前にフィンランドへ移住。そこで暮らすうちに日本食への郷愁を募らせ、「フィンランドの人々にも、おいしい日本食の魅力を伝えたい」という強い思いを抱くようになりました。
2010年頃には、バルト海を挟んだ隣国エストニアで初めて自分自身で飲食店の経営を経験。その最中、フィンランドの知人から、映画『かもめ食堂』のロケ地として使われた「Kahvila Suomi」というカフェが閉まるという話を聞きます。この知らせに運命的な「縁」を感じた小川さんは、かねてからの構想であった“フィンランドでの日本食レストラン開店”を実行に移すことを決意。その店を引き継ぐ形で、「Ravintola KAMOME」が2015年に誕生しました。店名は、映画のタイトル『かもめ食堂』から着想を得て、「Ravintola」(フィンランド語でレストランの意)を冠しました。
新たな形での再出発へ
10年という節目を迎え、家賃高騰や厨房設備の問題という「店の限界」に直面し、多くのファンに愛された「Ravintola KAMOME」は閉店しました。しかし、小川秀樹さんはこれで終わるのではなく、今後新たな形で再出発を図るとしています。映画『かもめ食堂』がもたらした北欧における日本文化への関心は依然として高く、小川さんの次なる挑戦がフィンランド、ひいては世界の日本食シーンにどのような影響を与えるのか、その動向が注目されます。
参考資料
- 映画の舞台が閉店へ (Yahoo!ニュース, 集英社オンライン)