9月1日は「防災の日」。自然災害の脅威が常に身近にある日本において、日頃から緊急時の避難場所を把握しておくことは極めて重要です。全国には11万を超える指定避難場所が存在しますが、近年、その中でインターネット上で大きな話題を呼んだのが、高知県柏島地域にある「田中さんの畑」という個人所有地が津波避難場所に指定されているという情報です。通常、避難場所と聞けば学校や体育館といった公共施設を想像しがちですが、なぜ個人の畑が避難場所として利用されているのでしょうか。その背景と経緯について、詳細に迫ります。
高知県柏島地域に設置された「津波避難場所 田中さんの畑」の看板
「田中さんの畑」SNSで12万超えの「いいね!」、広がる疑問の声
2023年8月20日、「高知かわうそ市場」というX(旧Twitter)アカウントが投稿した高知県柏島地域の「津波避難場所」の看板には、「田中さんの畑」と明記されており、この投稿は瞬く間に拡散され、12万件を超える「いいね」と約1万件のリポストを記録するほどの大きな反響を呼びました。一般的に連想される避難所のイメージとは異なるこの場所に、多くのユーザーが驚きと関心を寄せたのです。
高知かわうそ市場の担当者は、「高知県の魅力を発信する中で、これほど多くの反響があったことに私たち自身も驚いています」と語っています。リプライ欄には「田中さんが良すぎる人だ」「住民のために土地を提供してくれる田中さんとは一体何者なのか」といった称賛の声が相次ぎました。同時に、県内外を問わず「初めて知った」という声も多く、この情報が広く人々の関心を引いたことが伺えます。
一方で、私有地が避難場所として利用されることに対し、以下のような疑問の声も寄せられました。
- 「避難所は学校や体育館など、行政が管理する施設が使われるイメージだったが、私有地が該当する場合もあるのか」
- 「なぜわざわざここを設定しなければならない理由があるのだろうか」
- 「どのような経緯で畑を避難場所に制定することになったのか」
これらの疑問に対し、田中さんの畑が位置する柏島地域を含む大月町町役場の総務課担当者が説明しました。
指定緊急避難場所と指定避難所の違い:国土地理院の定義から紐解く
大月町町役場の担当者によると、「田中さんの畑」は「指定緊急避難場所」として利用されており、「指定避難所」とは異なる概念であると強調しました。多くの人がこれら二つを混同しがちですが、国土地理院のウェブサイトに明確な定義が示されています。
「指定緊急避難場所」とは、「災害の危険から命を守るために緊急的に避難する場所」であり、「土砂災害、洪水、津波、地震等の災害種別ごとに指定が行われる」とされています。つまり、特定の災害発生時に直ちに身の安全を確保するための一次的な避難先です。
対して、「指定避難所」とは、「災害が発生した場合に避難をしてきた被災者が一定期間生活するための施設」を指し、「災害種別に限らず指定が行われる」とされています。こちらは、被災者が長期的に生活を営むための場所であり、体育館や公民館などが該当します。
この定義に基づけば、「田中さんの畑」は「津波の災害における指定緊急避難場所」として機能していることが明確になります。
田中さんの畑が「津波避難場所」に指定された経緯と立地条件
では、具体的にどのような経緯で「田中さんの畑」が指定緊急避難場所となったのでしょうか。大月町町役場の担当者は、その制定の経緯について次のように語っています。
「平成13年(2001年)に、柏島地域を含む大月町全体で指定緊急避難場所の新規登録手続きが行われました。田中さんの畑を使わせていただくようになったのは、この頃からです。」
柏島地域は、三方を海に囲まれた地形特性を持つため、津波による被害を想定した際に、住民の命を守れる場所を確保することが喫緊の課題でした。当時の担当者は、地域の地理的条件を綿密に調査し、土地の所有者であった田中さんご本人と協議を重ねた結果、田中さんの畑を緊急避難場所として利用する合意に至ったのです。それ以来、この場所が地域の安全に貢献し続けています。
高知県大月町柏島地域にある、個人所有の「田中さんの畑」周辺の様子
この畑の立地条件も、避難場所として非常に優れていました。担当者はさらに詳しく説明します。「畑の位置する場所は海岸から約200メートルの距離にあり、海抜は19メートルと十分な高さがあります。周辺地域は海に囲まれているだけでなく、木々が生い茂っている場所も多いため、高台でなおかつ整地された場所という条件が整っていたのが、まさに『田中さんの畑』だったのです」。海に近く、かつ津波の浸水域から安全な高さにあり、避難しやすいように整備されているという点が、この畑が選ばれた決め手となりました。
結論
高知県柏島地域にある「田中さんの畑」が津波避難場所としてSNSで話題になったことは、私たちに防災意識と地域の協力の重要性を再認識させてくれました。単なる珍しい事例として片付けられないこの話は、「指定緊急避難場所」と「指定避難所」の違いという、普段あまり意識することのない防災の基礎知識を深めるきっかけにもなりました。
個人の善意と行政の適切な判断、そして地域の地理的特性が結びつき、住民の命を守るための貴重な避難場所が確保されていることは、まさに地域コミュニティの強さを示す象徴と言えるでしょう。私たちは日頃から、自分が住む地域の避難場所や避難経路を把握し、災害への備えを怠らないことが大切です。
参考文献
- 高知かわうそ市場 X(旧Twitter)投稿 (2023年8月20日)
- 大月町町役場 総務課担当者への取材
- 国土地理院ウェブサイト「指定緊急避難場所と指定避難所」に関する情報
- Yahoo!ニュース記事「SNSで話題の防災標識の謎を追う」(集英社オンライン提供)