1992年に発生した「金沢市女性スイミングコーチ絞殺事件」は、多くの証拠が揃いながらも迷宮入りとなり、2007年に公訴時効を迎えました。解決が目前と見られていたにもかかわらず、なぜ未解決の結末を迎えたのか。この無念の事件は、33年を経た2022年に映画「とら男」として映像化され、改めて世間の注目を集めています。本稿では、当時の状況から捜査の軌跡、そして事件が抱える深い謎に迫ります。
映画「とら男」のポスターイメージ。金沢の未解決事件がテーマ。
金沢市女性スイミングコーチ絞殺事件:概要と捜査の軌跡
事件は1992年10月1日午前0時50分ごろ、石川県金沢市三十苅町にある「金沢スイミングクラブ」の駐車場で発覚しました。同クラブのコーチを務めていた安實千穂さん(当時20歳)が、自身の車の助手席で絞殺体となって発見されたのです。
千穂さんの車は駐車スペースの白い線を跨ぐ形で停車しており、エンジンは切られていましたがキーは差し込まれたままでした。さらに、彼女が着用していたデニムのオーバーオールが泥だらけだったことから、殺害前に屋外で引きずり回された可能性が示唆されました。オーバーオールと下着には刃物で切り裂かれた痕跡がありましたが、乱暴された形跡は確認されませんでした。これらの状況から、犯行現場やその前後の詳細な経緯が焦点となりました。
被害者の足取りと発見された決定的な手がかり
事件前日の9月30日、千穂さんは普段通り職場で勤務し、18時45分に退社しました。しかし、19時20分ごろ、彼女の運転する車が自宅とは逆方向に走っていくのを同僚が目撃しています。その後、22時になっても千穂さんが帰宅しないことを心配した家族が捜索し、駐車場で遺体を発見するに至りました。
死亡推定時刻は同日20時ごろとされ、千穂さんの車は隣の駐車枠を使用していたスイミングスクールの同僚が21時ごろに帰宅する際、すでに停車していたと証言しています。警察の捜査により、死因は細いひもで首を絞められたことによる窒息死と判明。ひもの痕は顎にも残っており、皮下出血を起こしていたことから、犯人は最初、ひもが顎に引っかかって失敗し、首を絞め直した可能性が指摘されました。
さらに重要な手がかりとして、千穂さんの髪の毛に「生きた化石」とも称されるメタセコイアの葉が絡まっていたことが判明しました。メタセコイアは国内で自生せず、金沢市周辺では教育関連の施設でしか見られない珍しい植物です。この特定された葉は、犯行現場の手がかりとなる可能性を秘めていました。
なぜ未解決の「迷宮入り」に?映画化された事件の背景
捜査当局は、この事件に延べ6万人もの捜査員を投入し、6000人以上から事情聴取を行いました。多数の証拠、そして犯行現場を特定する重要な手がかりも存在したにもかかわらず、事件は解決に至りませんでした。そして、犯行から15年が経過した2007年、無念にも公訴時効を迎え、「迷宮入り」となりました。
事件の発生から33年後の2022年、「金沢市女性スイミングコーチ絞殺事件」は映画「とら男」として公開され、再び大きな話題となりました。特に、当時捜査に当たった元警察官の一人が本人役で出演したことで、多くの関心を集めました。解決が目前と見られた事件が、なぜ結局未解決のまま時効を迎えてしまったのか、その真相はいまだ闇の中です。
結び
「金沢市女性スイミングコーチ絞殺事件」は、多くの人的資源と証拠が投入されたにもかかわらず、未解決のまま公訴時効を迎えた、日本の犯罪史上特異な事件の一つです。映画化を通じて、改めて事件の風化を防ぎ、失われた命への追悼と、未だ解明されない真実への探求の重要性を問い続けています。この悲劇が次世代に語り継がれ、いつか新たな光が当たることを願うばかりです。
参考文献
- 『読んで震えろ!世界の未解決事件ミステリー』(鉄人社、2024年)