2025年度に入り、都営バスで乗客の置き去り事案が3か月連続で発生し、社会的な関心を集めています。ドライバーによる車内点検の怠慢が原因とされ、特に子どもが置き去りにされるケースへの懸念が広がっています。東京都交通局は再発防止策として新たなシステム導入を決定しましたが、その実効性には構造的な課題が残されています。本稿では、これらの事案の詳細と、背景にある公共交通機関の安全問題、そして今後の対策について深掘りします。
都営バスで相次ぐ置き去り事案とその背景
今年度、都営バスではわずか3か月間で3件の乗客置き去り事案が発生しました。4月には9歳の女子小学生が、5月には10歳前後の女子が、そして6月には20歳代の男性がそれぞれドライバーの車内点検不足によりバス内に取り残されました。特に小学生の置き去りは、スマートフォンなどの連絡手段を持たない可能性が高く、その危険性と精神的負担が深刻視されています。日本テレビ系のニュース番組によると、都営バスでは年間約5件の置き去りトラブルが発生していると報じられており、この問題が単発的なものではないことが浮き彫りになりました。
こうした事態を受け、東京都交通局は2026年6月までに約1450台の都営バスに音声による点検促進システムを導入することを決定しました。このシステムは、運転席近くで「車内点検を行ってください」と繰り返し音声で通知し、後方のボタン操作で解除する仕組みです。しかし、5月に発生した事案では、50歳代のドライバーが生理現象により一時的にバスを離れる際に車内点検を怠ったとされており、システムが人間の行動に依存する限り、完全な安全性の確保には限界があるとの懸念が残ります。
都営バス車両が停留所に停車している様子。車内点検の重要性が問われる連続置き去り事案の発生を背景に、安全対策の強化が急務となっています。
新システム導入の限界と「性悪説」に基づく安全対策の必要性
音声通知による注意喚起は、ドライバーの意識づけとしては有効ですが、後方のボタン操作で解除できる以上、ドライバーが確実に確認行動を行うことを100%保証するものではありません。生理現象など、ドライバー業務において予期せぬ事態は発生しうるため、システムが操作の形骸化リスクを内包している点は無視できません。これは、現行システムがドライバーの「性善説」に基づいていると筆者(西山敏樹、都市工学者)は指摘しており、「ドライバーが車内点検を否応なく行わざるを得ない状況」を作り出す「性悪説」に立ったシステムデザインの必要性が求められています。
バス業界は「2024年問題」に象徴される深刻な人手不足に直面しており、これによりダイヤに余裕がなく、一便あたりの利用者数が増加するなど、ドライバーの労働環境は厳しさを増しています。長時間勤務による疲労は集中力の低下や意識散漫を招き、ヒューマンファクターとして置き去り事故に直結する可能性が高いとされています。専門家との意見交換では、「ダイヤに余裕がない場合」や「車両の別ダイヤへの引き渡しまで時間がない場合」など、現場の厳しい状況下で車内点検が事実上カットされざるを得ない実態が明らかになっています。
都営バスの車内風景。運転席から後方へ続く通路が見え、乗客の置き去り防止のための徹底した車内点検の必要性を示唆しています。
これらの問題は、運行システムの欠陥だけでなく、ヒューマンファクター管理の課題に深く根ざしています。バス事業者には、ドライバーに過度な心理的負担をかけることなく、乗客の安全を確保するための多角的なアプローチと、より本質的な議論が求められています。
都営バスで頻発する乗客置き去り事案は、単なるヒューマンエラーとして片付けられる問題ではありません。導入される音声システムは一歩前進ですが、その限界を認識し、ドライバーの労働環境の改善、そして「性悪説」に基づいた、より確実な安全確認を強制するシステムの構築が急務です。公共交通機関としての信頼性と、何よりも乗客の生命を守るために、構造的な課題への根本的な解決策が強く求められています。
引用元:
Yahoo!ニュース (Merkmal)