女優・今田美桜がヒロインを務めるNHK連続テレビ小説「あんぱん」は、9月2日放送の第112話で、主人公・柳井嵩(北村匠海)が直面する深い葛藤と、妻・のぶ(今田美桜)による温かい励ましが描かれ、視聴者の間で大きな反響を呼んでいます。国民的アニメ「アンパンマン」の生みの親であるやなせたかし氏と妻・暢さんをモデルに、激動の時代を生き抜く夫婦の軌跡を描く本作。特に今回の放送では、嵩の心情が史実と重なり、そのリアルさが際立ちました。
独創漫画派からの「忘れ去られた」ショック
第112話では、柳井嵩が辛島健太郎(高橋文哉)から、独創漫画派のメンバーが世界旅行に出掛けたことを知らされます。自分が誘われなかったことに衝撃を受ける嵩。この知らせは、パンを焼きながら聞いた柳井のぶをも怒らせるものでした。いせたくや(大森元貴)は、嵩が売れっ子ゆえの嫉妬かもしれないと慰めますが、嵩自身は「漫画家としてはみんなの方が売れてるよね」と現実を直視します。健太郎の「柳井くんの存在をただ単に忘れとっただけ」という言葉は、嵩の心を深くえぐり、漫画家として認知されていないことへの悲しみを露呈させました。
連続テレビ小説「あんぱん」第112話、落ち込む柳井嵩(北村匠海)を囲むいせたくや(大森元貴)と辛島健太郎(高橋文哉)の場面。
嵩の胸中とアドリブ満載の掛け合い
「仕事も恋も全力投球で頑張るのみ」「2回、離婚しました」「でも、僕はめげてないです。三度目の正直っていう言葉もありますからね。言わないで。二度あることは三度あるって言わないでください」と語るたくやに対し、嵩は「言わないね」「言わないよ、絶対言っちゃダメ、そんなの」と制止。この嵩とたくや、健太郎の三人によるシーンは、第106話に続き、今回もアドリブがふんだんに盛り込まれていたと見られ、SNS上では「3人のシーン、大好き。今日もアドリブっぽかったね」「嵩、たくちゃん、健ちゃんの漫才」「たくちゃんと健ちゃんは毎回、無意識に嵩の傷口に塩塗りたくっているw」といった声が多数寄せられ、視聴者の笑いを誘いました。しかし、その裏で嵩は「彼らに怒ってるわけじゃないんだ。こんなことで落ち込む、自分が情けないんだよ。漫画家としての信念があったら、仲間外れにされたぐらいで落ち込まないから。これは自分の問題だよ。僕は頼まれたら断れないから、色々な仕事をやってきたけど、全部中途半端なんだ。最近漫画の仕事も来ないし、どうしたらいいか分からなくて」と、自身の不甲斐なさを吐露しました。
のぶの励ましとやなせたかし氏の史実
雨が上がると、のぶは落ち込む嵩を外に連れ出します。そして神社の石段を二人で競走。「嵩、たっすいがーはいかん」「嵩は足が遅いき、いごっそうになれ」という、柳井寛(竹野内豊)が柳井千尋(中沢元紀)に送った激励の言葉がよみがえり、嵩は再び奮起を誓うのでした。この一連の描写は、やなせたかし氏が著書「アンパンマンの遺書」(岩波現代文庫)で述懐している内容と重なります。やなせ氏は、漫画集団の世界旅行に誘われなかったことに「自分が存在していないとおなじ、ということが身にしみた」「(もてはやされる年下の漫画家と比べ)湯呑み茶碗の絵を描いたりしてごまかしながら生きているのはみじめだった」と記しており、今回のドラマの展開が史実に基づいていることが伺えます。
「あんぱん」第112話、柳井のぶ(今田美桜)が落ち込む柳井嵩(北村匠海)を鼓舞するため、神社で石段を駆け上がる印象的なシーン。
まとめ:葛藤を乗り越える一歩へ
「あんぱん」第112話は、柳井嵩が自己の存在意義と漫画家としてのアイデンティティに深く悩む姿を鮮明に描き出しました。自身の不甲斐なさに打ちひしがれる嵩を、のぶが力強く支え、再起を促す姿は、まさに夫婦の絆の強さを象徴しています。史実に基づいた描写が、やなせたかし氏の苦悩と、その後の国民的ヒーロー「アンパンマン」誕生への道のりを深く感じさせる回となりました。この経験が、嵩が「逆転しない正義」にたどり着くための重要な一歩となることでしょう。