米国の公衆衛生行政が深刻な混迷に陥っている。感染症対策の中核を担う疾病対策センター（CDC）を管轄するケネディ厚生長官が、ワクチン政策に関する対立を理由に所長の解任を決定したことを受け、幹部職員4名が相次いで辞任する事態に発展した。この状況に対し、3日にはCDCを含む厚生省の現役職員と元職員1000名以上が、ケネディ氏の辞職を求める書簡を連邦議会に送付。「すべての米国人の健康を危険にさらしている」と強く訴えている。
書簡では、反ワクチン活動家としての経歴を持つケネディ氏が、ワクチンで予防可能な疾病に関するCDC専門家の説明を拒否したことや、「科学の専門家を装い、あらかじめ決められた結論に合うようデータを操作する政治的に偏向した人物」をCDCの委員会メンバーに指名したと指摘されている。さらに、「医療政策は党派政治ではなく、科学的な証拠に基づく原則に従うべきだ」と強調し、ケネディ氏が辞任しない場合は、適任者を新たに厚生長官に任命するよう求めている。
元CDC所長らの警鐘：前代未聞の公衆衛生政策
こうした内部からの批判に加え、1日には共和党・民主党両政権でCDC所長および所長代行を務めた9名が連名でニューヨーク・タイムズに寄稿し、強い懸念を表明した。彼らは、職員の大量解雇やワクチン研究への資金提供中止など、ケネディ氏就任後の米国の公衆衛生政策が「見たことも経験したこともない」異常事態であると警告。過去30年間で最大の感染者が出ているはしか対策においても、「ワクチンを軽視する一方で、証明されていない『治療法』に焦点をあてた」とケネディ氏の姿勢を厳しく非難した。米国の医学・医療界では以前から、査読を経た科学的知見や従来の政策を軽視するケネディ氏への懸念が広がっており、CDCトップの解任騒動が内部批判を抑えきれなくする背景となった。
米国公衆衛生行政を巡る議論の中心であるケネディ厚生長官とトランプ大統領。ワクチン政策を巡る対立が深まるワシントンでの様子。
所長解任騒動と政権の主張：ワクチン政策を巡る溝
ホワイトハウスは8月28日、CDCのモナレズ所長の解任を発表した。モナレズ氏は、ケネディ氏が「非のうちどころのない専門家」として約3週間前に就任させたばかりだったが、米メディアによると、ワクチン政策を巡りケネディ氏の主張を受け入れなかったことが辞任を迫られた理由とされる。モナレズ氏の代理人は「非科学的で無謀な指示を追認しなかったことが（解任の）理由だ」と声明を発表し、政権の対応を批判した。
一方、ケネディ氏は9月2日、ウォール・ストリート・ジャーナルへの寄稿で、新型コロナウイルス対応の「失敗」は「政治化された科学」や「官僚的な惰性」がもたらしたと主張し、「CDCへの信頼を取り戻す」と記している。
トランプ大統領の擁護と専門家の反論
トランプ大統領は、ケネディ氏を擁護する姿勢を崩していない。自身のソーシャルメディアへの投稿で「CDCが引き裂かれている」と述べ、その背景には新型コロナウイルスワクチンの有効性に関する議論があると主張。「混乱を解消してもらいたい」として、製薬会社に対しデータの国民への公開を要求した。
しかし実際には、ワクチンに関する臨床試験データは大量に公開されており、独立した組織によって評価も行われている。ニューヨーク・タイムズは「CDCを引き裂いているのは、政権内部からのCDCに対する攻撃だ」とする専門家の声を伝え、トランプ大統領の見解に反論している。
ワクチン諮問委員会の刷新とmRNA研究中止
ケネディ氏は6月には、政府のワクチン政策に助言するCDCの諮問委員会メンバー全員を解任し、ワクチンに批判的だった学者や医師らを新たな委員に指名した。さらに8月には、新型コロナウイルス流行時に初めて実用化されたメッセンジャー（mRNA）技術を活用した政府のワクチン研究開発支援を中止すると発表。これらの動きは、米国の公衆衛生政策の方向性を大きく変えるものとして、国内外で注目を集めている。
参考文献
- AP通信. (2025年5月22日). ワシントンでのトランプ大統領とケネディ厚生長官の会見に関する報道.
- ニューヨーク・タイムズ. (2025年9月1日). 元CDC所長らによる寄稿記事.
- ウォール・ストリート・ジャーナル. (2025年9月2日). ケネディ厚生長官による寄稿記事.
- Yahoo!ニュース. (2025年9月4日). 「米CDCに大規模な混乱、ケネディ厚生長官のワクチン政策巡り」毎日新聞掲載記事.
https://news.yahoo.co.jp/articles/3a910f0656dc8ba48f991a3c1cf9112f1684ce8d
