2019年の第7回アフリカ開発会議(TICAD7)で、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の展示から西サハラ住民の難民キャンプが消されていたという衝撃的な事実が明らかになりました。そして、この夏、第9回アフリカ開発会議(TICAD9)への期待が高まる中、再び西サハラの存在が「消される」懸念が浮上しました。本記事では、横浜と東京の計53会場を巡り、282の展示物の中から、日本における西サハラの扱いに関する実態を詳報します。
国際認識と異なる「モロッコ産」表記の現実
現在、西サハラはいずれの国の領土でもないと国際的に認識されており、アフリカ連合、国連、そして日本政府もこの立場を支持しています。しかし、日本国内では官民を問わず、この国際的な認識に反する不自然な表現や不正確な記述が後を絶ちません。
西サハラの沿岸地域は豊富な水産資源、特にタコの漁獲量が多いことで知られています。しかし、そこで水揚げされたタコは、「モロッコ製冷凍食品」と印字された箱に詰められ、日本市場では「モロッコ産」として流通しています。同様に、西サハラのリン鉱石も、その産地を曖昧にしたまま消費され続けています。西サハラ住民の同意なしに行われる資源の採取は、国連総会決議に明確に違反する行為ですが、日本では依然として西サハラ産品の消費が止まる気配はありません。これは、日本の消費者や企業が知らず知らずのうちに、国際法違反に加担している可能性を示唆しています。
日本の市場に流通する「モロッコ産」と偽装された西サハラ産タコ
西サハラの港で「モロッコ製」と表示され輸出されるタコ:産地偽装の実態
TICAD9で見えた日本企業の「西サハラ・モロッコ領」表記
今年のTICAD9に際し、開催地である横浜市は7月から8月にかけて「アフリカ月間」を設け、多岐にわたる企画展示や連携イベントを実施しました。外務省が「TICAD9パートナー事業」として認定したこれらのイベントは年末まで続き、TICAD9の展示会場だけでも約260の出展ブースが軒を連ねました。筆者は横浜・東京各地とTICAD9関連の合計282の展示を調査しました。
多くの展示では国境線が不明確なイメージ図や国境線のみが描かれた地図が使用されていましたが、驚くべきことに、TICAD9の出展ブースでは複数の日本企業が西サハラをモロッコ領として表記した巨大パネルを展示していました。具体的には、東京海上日動火災、豊田通商、八千代エンジニアリング、ヤンマー、横河電機といった大手企業が、この国際的に議論のある表記を採用していたのです。
TICAD9会場:八千代エンジニヤリングと横河電機による西サハラの地図表記
東京海上日動火災のTICAD9展示パネルに見る西サハラ領土問題の軽視
豊田通商のTICAD9展示ブース:西サハラ問題を巡る認識の欠如
ヤンマーのTICAD9展示パネル:西サハラをモロッコ領と表記する日本企業の姿勢
豊田通商の広報担当者にこの表記の意図を尋ねたところ、「西サハラというのはどこでしょうか」との逆質問がありました。国境線の問題について簡潔に説明しましたが、「私どもはこれで問題ないものと思っております」という回答にとどまりました。これらの企業が用いる地図は、「当社は西サハラがモロッコ領であるとの立場をとっている」という強いメッセージを発することに他なりません。これは、パレスチナをイスラエル領と表記する地図を用いることと、その国際的な影響において本質的に変わりはありません。
結論
今回の調査で、日本国内、特に国際的な注目が集まるTICAD9の場において、西サハラの地位に関する国際社会の共通認識と異なる表記が公然と行われている実態が浮き彫りになりました。産地偽装された「モロッコ産」の流通から、大手日本企業による地図上の誤表記まで、日本企業および関係機関の国際法や人権問題に対する認識の欠如が示唆されます。
日本が国際社会の一員として信頼されるためには、政府の公式見解と企業活動における整合性を確保し、国際的な規範を遵守することが不可欠です。西サハラ問題は単なる地理的な表記にとどまらず、人々の自己決定権や資源搾取の問題に深く関わる重要な国際政治案件です。日本企業は、国際社会の一員としての責任を自覚し、より正確で倫理的な情報発信に努めるべきであると強く訴えたいです。
出典:Yahoo!ニュース – 西サハラをモロッコ領とするヤンマーのTICAD9での展示パネル(2025年8月22日撮影)