サッカーの「toto」のようなスポーツ振興くじが、なぜ日本ではプロ野球を対象に行われないのでしょうか。実は、戦後に「野球くじ」が導入された歴史がありますが、わずか4年で廃止されています。スポーツの本質が公正な競争であることを踏まえると、結果が経済的利益に直結するくじ制度は、スポーツの信頼性を損なう危険性を常に孕んでいました。そして今日、オンラインカジノを巡る騒動が、改めてこの問題に大きな影を落としています。
プロ野球界を揺るがしたオンラインカジノ騒動の波紋
オリックス選手によるオンラインカジノ利用発覚とその対応
2025年2月21日、オリックス・バファローズの投手が海外のオンラインカジノを利用していたことが明らかになり、プロ野球界に大きな波紋を広げました。これを受け、NPB(一般社団法人日本野球機構)は全12球団に対し、選手らの利用実態調査を要請。同年3月24日には記者会見が開催されました。
NPBの調査結果によれば、野球協約に抵触する「野球賭博」を行っていたという申告はなかったとのことです。処分として出場停止は科されず、オンラインカジノを利用した8球団の選手やコーチなど計16名の氏名は非公表とされました。NPBは、利用した16名に対して10万円から300万円、総額で1020万円の制裁金を科しました。この制裁金の金額は、個々の立場や年俸を基準とした目安が協議された上で、賭けの回数、期間、頻度、金額、時期などの調査結果をもとに12球団が決定したとされています。処分決定の過程で、出場停止などの重い意見は出なかったといいます。さらに、NPBとプロ野球12球団は、制裁金と合わせて計3000万円を、ギャンブル依存症対策に取り組む団体などへ寄付することを決定しました。
日本のプロ野球スタジアムの様子
再発防止策とスポーツ振興くじへの影響
再発防止策について、中村勝彦NPB事務局長は「オンラインカジノに特化したポスターの球団施設等への掲示を行う。問い合わせがあれば対応できるよう継続して行う。講習会、啓発活動を行っていく」と述べ、今後も継続的な啓発活動に努める方針を示しています。
実はプロ野球界は、2018年2月にスポーツ振興くじへの参加を企画したことがあります。しかし、スポーツ議員連盟との交渉が折り合わず、結局、導入は見送られました。現在の日本のスポーツ振興くじには、2001年に始まったサッカーくじのtotoと、2022年に発売開始されたサッカーとBリーグのバスケットボールを対象としたWINNERが存在します。スポーツ振興くじは、ファン層の拡大、特に若年層の取り込みには非常に効果的な手段とされています。野球は依然として国民的スポーツであり、多くのファンを抱えていますが、その年齢層は高い傾向にあります。スポーツ振興くじへの参加は若年層の開拓につながるだけでなく、totoやWINNERにとっても、野球の参入はファン層の拡張をもたらす大きな利点があると考えられていました。しかし、今回の違法賭博騒動は、その実現を再び遠のかせる結果となりました。
意外に思われるかもしれませんが、プロ野球には過去に「野球くじ」が導入された実績があります。
忘れ去られた「幻の野球くじ」の歴史
戦後復興を支えた「甲種特別宝くじ」
1946年から1950年にかけて、日本勧業銀行(現在の株式会社みずほ銀行)が発売していた「甲種特別宝くじ」こそが、プロ野球の試合結果を予想する形式のくじでした。野球くじが始まった時点は、終戦からまだ1年しか経っておらず、社会全体が困窮の極みにありました。戦地からの引揚者援護資金を集めることを目的としていたこの野球くじは、単なる娯楽というよりも、公共的意義を帯びた制度として位置づけられていたのです。
このくじは1枚10円で、1等は1000円でした。初回のくじは1946年6月29日、後楽園球場で発売され、大きな注目を集めました。その後、甲種特別宝くじは「新野球くじ」と名称を変え、西宮球場などでも発売が続けられました。このように、野球くじは国民的人気を誇るプロ野球を通じて、戦後日本の復興を助けるという重要な役割を担っていたのです。
シンプルな当選方式とそのメカニズム
この野球くじの内容は、当時の大衆向けに設計された非常にシンプルなものでした。対象試合における勝利チームと、両チームの得点合計の下1桁の数字を当てるという形式です。
例えば、A軍が4対3でB軍に勝利した場合、勝利はA軍、スコアの合計は7となるため、「A7」が当たりとなります。また、B軍が8対5でA軍を下した場合、得点合計は13となり、その下1桁の数字が3であるため、「B3」が当籤となるという仕組みでした。
結論として、プロ野球とスポーツ振興くじの統合は、新たなファン層の獲得や収益源確保の点で魅力的な選択肢です。しかし、スポーツの信頼性維持という根源的な課題や、近年発覚したオンラインカジノ騒動のような不祥事は、この実現を大きく阻む要因となっています。過去には戦後復興を目的とした「野球くじ」が存在した歴史を持つものの、現代のプロ野球は、商業的な機会とスポーツとしての倫理性・公正性をいかに両立させるかという、重い問いに直面していると言えるでしょう。




