朝ドラ『ばけばけ』トキとヘブンの関係性から探る、異文化受容と時代の変化への向き合い方

NHK朝ドラ『ばけばけ』では、トキ(髙石あかり)とヘブン(トミー・バストウ)の関係が、視聴者の間で大きな話題を呼んでいます。単なるロマンチックコメディの枠を超え、二人の出会いは、当時の厳しい社会状況や異なる文化を持つ人々との共存の難しさという、より深いテーマを描き出しています。ドラマは、困窮にあえぐ人々の描写をシビアに続けながらも、その中に温かい眼差しを向けています。

異文化との出会いと「女中」という選択の重み

トキがヘブンの女中になるまでの逡巡や葛藤は、ドラマ全体における重要な分岐点でした。当時の日本において、外国人の女中となることは世間から「妾」と見なされることが多く、実際に外国人男性が現地妻を囲うことも少なくなかったといいます。そのため、トキがこの道を選ぶ覚悟は、計り知れないほど重いものだったはずです。雨清水家が没落し、タエ(北川景子)が物乞いになるという辛い展開も、モデルとなった小泉セツの人生を誠実に描く上で避けられない現実であり、『ばけばけ』が時代の過酷さに真摯に向き合っている証と言えるでしょう。
トキ(髙石あかり)とヘブン(トミー・バストウ)の関係トキ(髙石あかり)とヘブン(トミー・バストウ)の関係

時代の波に取り残される人々への眼差し

ヘブンが妾を求めていたというのは周囲の誤解でしたが、結果としてトキが松野家と雨清水家の両方を支えることになったのは事実です。ここで、現代の感覚では「自業自得」と捉えられかねない登場人物たちの姿が浮かび上がります。例えば、家の格式にこだわり働きに出るよりも物乞いを選ぶタエ、そして母に逆らえず見つかるはずもない社長の職を探し続ける三之丞(板垣李光人)です。しかし、『ばけばけ』は、時代の変化に器用に乗り切れない人々を決して切り捨てていません。むしろ、彼らに寄り添い、その困難な状況に共感を促すかのように描かれているのです。

松野家の面々、特に没落士族となり借金を抱えるおじじ様こと勘右衛門(小日向文世)もまた、このテーマを象徴する存在です。彼は孫のトキを可愛がる一方で、外国人であるヘブンを毛嫌いし、トキが女中になる決断にも当初は反対しました。観る者の中には、彼の置かれた状況を理解していないかのような態度に苛立ちを覚える人もいるかもしれません。しかし物語の中で、彼は「しょうがない爺さん」として松野家の温かい日常に溶け込んでいます。

この描写は、現代社会にも通じる深い問いを投げかけます。価値観の「アップデート」が常に求められる目まぐるしい時代の中で、それに追いつけない人々はどうすれば良いのか。「自業自得」と一言で片付けてしまって良いのか。『ばけばけ』に登場する憎めない人々を見ていると、私たちはそんなことを考えさせられます。

「ばけ方」の多様性と変化への希望

『ばけばけ』が面白いのは、「もう変わらなくてもいい」という諦めで物語を終えない点です。凝り固まったプライドを一時的に脇に置き、トキの援助を受け入れることを決めた三之丞。優雅な生活を捨て、少しずつ自分の生活を立て直し始めたタエ。そして、スキップをあっという間に習得した勘右衛門の笑顔は、人が前向きに変化する可能性を示唆しています。彼らの「ばけ方」、すなわち変容はゆっくりとしたものですが、それゆえに、これからもその行方を見守りたくなる魅力があります。史実では、勘右衛門のモデルとなった人物がラフカディオ・ハーン(小泉八雲)に対して重要な役割を果たしたという話もあり、今後の展開にも期待が高まります。


参考文献: