春闘でベースアップ額を指標としない動きが、労働組合からの要求段階でも目立ってきた。人材獲得が国際化するなか、規模や人事制度が異なる企業間の賃金水準をベアの一律上げ幅だけで見るには困難となったことが背景だ。現在は自動車業界に限られるが、大手への追従になりがちな従来型ベアは格差是正などの面で「限界」との声もあり、新しい賃上げ交渉のあり方も求められる。
「上げ幅だけが目立つ従来のベア概念を脱却しないと本当の課題を解決できない」。10日、全トヨタ労連の鶴岡光行会長は記者会見で脱“ベア偏重”を強調した。ベア自体の放棄ではなく、ベアも含む賃上げ総額を検討・要求するといい、個々の労組に求める戦術が高度化したともいえる。
労連全体でベアは着実に勝ち取ってきたものの、加盟組合間で個別賃金を比較すると35歳の代表的ケースでまだ13万5千円もの差がある。影響力の大きいトヨタ労組は人事評価に応じて従来以上にベア額に差がつく制度の提案も検討しているとされ、多様化も進む。
トヨタでは豊田章男社長の「トヨタを見て回答を決めるとの慣習が各社労使の話し合いを阻害している」との指摘で、2年前から回答額のうちベア分が非公表に。さらに経団連の中西宏明会長は「従来型の賃上げやベアの議論ではなくなっている」と提起している。
労組側が押し込まれているかにも見えるが、同じく総額重視方針を決めた自動車総連の高倉明会長は「世界的競争がある自動車業界の賃金制度はすでに年功型ではない。課題は公正な配分のあり方」と指摘する。
現時点で他の産業別労組に広がりはみられないが、日本総合研究所の山田久氏は「従来型ベアは官製春闘で復活したが再び限界が出ている」と指摘。「政府はグローバル化時代の新たな賃上げのあり方に向けた労使協議を仲介すべきではないか」と語った。(今村義丈)