大手通信会社「ソフトバンク」の元社員が在日ロシア通商代表部の元職員に機密情報を渡していたとして、警視庁公安部が不正競争防止法違反容疑で逮捕した。
ロシア側は偶然を装って計画的に近づき、飲食店での接待や現金の提供を繰り返して情報の要求を重ねたとされる。
同社の先端技術を狙った典型的で古典的な諜報活動だが、そもそも日本には、スパイ活動そのものを摘発する法律がない。このため長く、「スパイ天国」などと揶揄(やゆ)されてきた。
昭和60年には、自民党議員らが「スパイ防止法案」を議員立法で提出したが、野党側の強い反対で廃案となった。平成25年には「特定秘密保護法」が成立したが、これもスパイ活動そのものを取り締まるものではない。
SB元社員の逮捕容疑は不正競争防止法違反だが、これは本来、市場における公正な競争を担保するための法律である。
韓国企業に対する度重なる機密漏洩(ろうえい)事件を受けて27年には改正法が成立し、「営業秘密侵害品の譲渡・輸出入等」が不正競争の対象に加えられ、罰金の上限が大幅に引き上げられたが、スパイ活動の抑止には不十分である。
12年に海上自衛隊幹部がロシア大使館の駐在武官に軍事関連情報を譲渡した事件や、27年に陸上自衛隊の元幹部がロシア側に陸自の内部資料を渡していた事件では、守秘義務を定めた自衛隊法違反が適用された。
この他にも過去のスパイ事件には、窃盗、背任、外為法、旅券法違反など、さまざまな容疑がスパイ行為に適用されてきた。スパイ活動そのものを取り締まれないための窮余の策といってもいい。
しかも諸外国のスパイ罪はおおむね重罪である。米国の連邦法典794条の最高刑は死刑であり、フランスの刑法72・73条は無期懲役である。廃案となった「スパイ防止法案」も最高刑は「死刑または無期懲役」とされていた。
加えて日本には、対外情報と国内防諜にあたる本格的情報機関がない。内閣情報調査室や外務省、防衛省、警察庁、公安調査庁などが個別に活動しているのが実情だ。これらを統括する強力な情報機関を創設する根拠としても、スパイ防止法は必要である。
いつまでも「スパイ天国」でいいわけがなかろう。