【想う】石巻の新聞社に転職・石森洋史さん(35)「記録し、伝えることが役割」

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東日本大震災直後に石巻日日新聞が避難所に張り出した「壁新聞」の前で地域への思いを語る石森洋史さん=宮城県石巻市

東日本大震災直後に石巻日日新聞が避難所に張り出した「壁新聞」の前で地域への思いを語る石森洋史さん=宮城県石巻市

 東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県石巻市に本社を置く地域紙「石巻日日新聞」。インターネット大手のヤフーから平成27年7月に同紙へ転職した。ヤフー時代の職種だったエンジニアから同社への転職のきっかけとなったのは、ヤフー時代に故郷・石巻で過ごした経験だった。

 「震災からの復興支援のため、ヤフーが24年7月に石巻市に開所したオフィスで働くことになり、故郷に戻ってきました。カキやホヤなどの地場産品をインターネットで販売するプロジェクトに携わりました」

 故郷でのプロジェクトを通じて被災者も潤い、復興につながると考えていた。しかし、次第に違和感を覚えるようになった。

 「ある人から『忙しくなるぐらいなら、別にもうけなくともいい』といわれたのです。自分たちは『もうける』という価値観で仕事をしていたが、地域にはお金だけでは計れない価値観がありました。自分たちの価値観と地域の価値観のずれに気づき、どちらの考えで仕事をしていけばいいのか、悩みました」

 フェイスブックを通じて交流のあった石巻日日新聞の近江弘一社長に相談したところ、「いつでもうちに来ていい」と誘われ、30歳で転職を決断。石巻市、東松島市、女川町を取材して駆け回った。転職して感じたのは、「人とのつながり」だった。

 「ヤフーでは全国に情報を届けている自負はありましたが、どういう人に情報を届けているかは分かりません。地域紙の場合は取材する人も、読む人も地元の人。取材を通じて地域を知り、人とのつながりができるなどヤフーとは違うやりがいを感じました」

 石巻日日新聞は震災で輪転機が浸水する被害を受けたが、手書きの「壁新聞」で被災者に情報を届けた。壁新聞を現場で指揮した上司に入社直後、「石巻日日新聞がなくなれば、地域がなくなる」といわれた。

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