アップルのクックCEO、故李健熙会長の葬儀場に弔花

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アップルのティム・クックCEOが26日に故李健熙(イ・ゴンヒ)会長の葬儀場に送った弔花(写真左)。 キム・ヨンミン記者
アップルのティム・クックCEOが26日に故李健熙(イ・ゴンヒ)会長の葬儀場に送った弔花(写真左)。 キム・ヨンミン記者

アップルが米国本社レベルで故李健熙(イ・ゴンヒ)サムスン会長の葬儀室に弔花を送っていたことが確認された。故人の息子の李在鎔(イ・ジェヨン)サムスン電子副会長(52)が2011年、アップルの創業者、故スティーブ・ジョブズの追悼式に参列したが、答礼の性格だ。李副会長はアップルのティム・クック最高経営責任者(CEO)とも2000年代半ばから10年以上の付き合いがある。

◆韓国式「謹弔花輪」を送ったアップル…本社が決定

財界によると、アップルは故人の四日葬の2日目だった26日、ソウル逸院洞(イルォンドン)ソウルサムスン病院の葬儀場に「謹弔花輪」を送った。アップルの米クーパティーノ本社の経営陣が決定したという。アップルは3段花輪ではなく、相対的に素朴な2段花輪を葬儀室に送った。家族葬を決めた遺族の意を尊重した。

アップルは弔花の名札の上部に「APPLE」、その下に「Tim Cook」という文字を入れた。サムスン電子によると、喪主の李在鎔副会長ら遺族はアップルの弔意に謝意を表した。生前の故人も華麗な3段花輪ではなくシンプルな1段花輪を葬儀場に送っていた。

◆李在鎔副会長-クックCEOの関係

9年前の2011年11月、李副会長は個人の資格で米スタンフォード大学で営まれた故スティーブ・ジョブズ・アップル創業者の追悼式に参列している。同年4月、アップルが米国やドイツなど世界19カ国でサムスンを相手にスマートフォン特許訴訟を提起し、故人はソウル瑞草(ソチョ)社屋に出勤する際、取材陣に「出る杭を打とうとする原理」と語ったことがあった。

両社間の葛藤が深まっていた時期だったが、李副会長は追悼式の後、アップルのクック新CEOと人間的なパートナーシップを築いた。3年後の2014年7月にも2人は米アイダホ州で開かれた「サンバレーカンファレンス」で会った。クックCEOはティーシャツ姿、李在鎔副会長はピケシャツ姿だった。2人が会った後、サムスンとアップルは米国以外のすべての地域でスマートフォン特許訴訟をお互い取り下げた。

◆李秉チョル創業者とジョブズ、1983年にソウルで会う

クックCEOの前任者のジョブズもサムスンと縁がある。28歳だった1983年11月、ジョブズはソウル太平路(テピョンノ)のサムスン本館を訪問し、当時73歳だった李秉チョル(イ・ビョンチョル)サムスン創業者と会った。雄弁家のジョブズが「マッキントッシュ」を説明し、DRAMで半導体業界に進出したばかりの李秉チョル創業者は「あの方はIBMに対抗できる」と評価した。ジョブズは李健熙会長とも何度か会っている。ただ、2年後にジョブズが取締役会で解任され、双方の協力は実現しなかった。

アップルがサムスンと取引を本格的に始めたのは2005年ごろだ。アップルはサムスンにiPhoneの開発を隠したまま「ARMの設計図に合わせた新しい形態の半導体を5カ月以内に納品してほしい」と伝えた。演算が可能なシステム半導体の開発は通常1年から18カ月かかるが、サムスンの技術陣はアップルの難しい要求にすべて応じてチップ量産まで実現させた。iPhoneは2007年1月にジョブズの手で初めて公開された。

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