福岡県飯塚市の飯塚魚市場跡で開催中の「ハッピードリームサーカス」(本部・大阪市)が4月のテント設営以降、新型コロナウイルスの影響による延期や次の公演先の相次ぐキャンセルで、来年2月末までの長期滞在を余儀なくされている。サーカスは通常1カ所で2~3カ月公演し、年間で4会場ほど巡るため、11カ月もの滞留は異例だ。出演者やスタッフら団員の8割は外国人。コロナ禍の日本での生活は、彼らにどう映っているのか。【荒木俊雄】
【地元住民にスペイン語を教えるサンタンデルさん】
◇家族ぐるみの交流に
「ケ オラ エス(何時ですか?)」。飯塚市の旧伊藤伝右衛門邸前にある国際文化交流センター。毎週金曜の夜、コロンビア人のルーズベルト・バレンシア・サンタンデルさん(30)が、片言の日本語を交えてスペイン語を繰り返す。
センターは、会社員時代にスペインの駐在経験がある市内の牟田寿(ひさし)さん(73)が昨年9月、留学生らを招いて異国文化などを学ぼうと開設した。今年5月、散歩中にたまたま出会い、スペイン語で話しかけたのがサーカスで道化師のサンタンデルさんだった。
「コロナで仕事がなくなったと聞き、時間があるなら教えてみないかと誘った」と牟田さん。スペイン語教室の他、一緒にセンターの草取りをしたり、食事をしたりと、サンタンデルさんと家族ぐるみの交流が始まった。
◇客は目標の2割、大打撃
ハッピードリームサーカスは、中国雑技団に10年間在籍した真枝功一会長(60)が2001年に創業した「ドリームサーカス」(大阪市)が運営する。飯塚市での筑豊公演にはコロンビアやメキシコ、チリ、ウクライナなど9カ国の出演者約25人とスタッフの総勢約40人が来訪。当初4月18日~7月6日の公演だった。だが、コロナで7月10日~9月22日に延期となり、1公演の定員を半分の約370人に制限。結果、期間中の来場者は目標のわずか2割程度の約9000人にとどまり大打撃を受けた。
サンタンデルさんの妻アレグレンさん(28)は空中ブランコに乗り、一人息子で市内の小学校3年、デルガドさん(8)も父と同じ道化師だ。外国では家族でサーカスに関わることが多く、団員にもサンタンデル家のように計3家族9人がいる。食費や光熱水費は会社負担だが、公演がないと収入はゼロ。行く先々で住民登録するので特別定額給付金や休業補償などは受けたが、筑豊公演の次に予定していた宮崎などの公演が続々キャンセルとなり、一行は行き場を失った。
◇チラシを額に入れて飾りたい
14歳からサーカスに関わり、各国を転々としたサンタンデルさんは4年前に来日した。「1カ所にこんなに長くいるのは初めて。公演がなくても本番でけがをしないよう、練習はみんなきっちりやる」。ただ「お客さんに見せる機会がないと練習に力が入らない。何人かで『タダでいいから公演をやりたい』と会社に頼んだ」と打ち明ける。
当初、一行は滞在のみで追加公演はしない方針だったが、市が引き続き土地を無償貸与することになり、来年2月23日までの毎週土・日・祝日に1日2回公演する。演目は減らさず、料金はステージ前のボックス席でも1人1700円と以前の半額程度。真枝会長は「市へのご恩返し。完全に赤字だが、素晴らしい団に成長するための投資みたいなもの。今回のコロナで団員の心意気を知ったのは収穫だった」と言う。
日本について、サンタンデルさんは「外国に比べ治安が良く、感染率も低く、給付金のような補償もあって恵まれている」とし「将来定住したい」と話す。デルガドさんも「友だちは10人くらいできた。11月の遠足が楽しみ。できれば学校は変わりたくない」と学校になじんだ様子だ。サンタンデルさんは「筑豊公演のチラシを額縁に入れて飾り、苦しい時に思い返して乗り越える糧にしたい」と明るい表情を見せた。問い合わせは事務局(0948・43・8622)。