2022年2月のロシアによる侵攻開始後、ウクライナの空から民間航空機の姿が消えた。連日のようにミサイルや無人機による攻撃を受け、安全確保が難しいのが原因だ。国外との行き来を担うバスや鉄道などの陸路では混雑が慢性化する一方、空路の再開は見通せていない。日本の支援で建設されたターミナルを持つ首都キーウ(キエフ)近郊の空港は閑散とした状況が続き、旅客機の姿はない。だが取材を進めると、困難な境遇にもめげず「祖国の空」を取り戻す日を夢見るパイロットや空港職員に出会った。侵攻から丸3年が近づく中、必死に耐え忍んできた彼らの心中を追った。(共同通信=森脇江介)
▽フライトレーダーの巨大な空白
取材のきっかけは巨大な空白だった。航空機を追跡する民間ネットワーク「フライトレーダー24」というウェブサイトがある。航空機が管制とのやり取りで発信する信号を捉え、便名や進路、位置情報などを表示する仕組みだ。侵攻開始直後にアクセスすると、各国の航空機がウクライナ上空を避けて行き交う地図が表示されていた。無味乾燥な電子画面に浮かんだ空白の向こうに、パイロットやキャビンアテンダント、航空会社社員や空港職員たちの姿が透けて見えた。
2024年8~9月、彼らの思いを知りたくなり、ウクライナへ出張した際に航空会社や空港を取材した。キーウにある社屋の窓から外を眺めながら、「空っぽの空を見るのは悲しい」と肩を落としたのは、格安航空会社(LCC)「スカイアップ」の営業担当幹部ダリア・アレクシェンコさん(42)。侵攻直後は乗客の安全確保に追われる日々を送った。空襲で避難した防空壕で顧客に対応した従業員までいたという。
▽戦争の空、活路はどこに
侵攻開始時、スカイアップが保有する10機のうち9機は偶然にも国外にあった。まず取り組んだのは周辺国間での人道支援物資や避難民の輸送だ。しかし旅客運送による収入は途絶え、従業員約1200人を抱える会社の存続が危ぶまれる事態に陥った。
「経営はもちろん、社員のスキルを維持する方策を取らなければならない」。活路を見いだしたのは海外での運航だった。自社の便名での定期便運航こそできないものの、国外の航空会社へのリースやチャーター便の運航で収益を得る方針に転換したのだ。欧州での運航が大半だが、LCCがひしめく域内の競争は激しく、機体の中には遠くバングラデシュにまで貸し出されたものもあるという。
航空会社の社員は機体に記された会社名やロゴマークに強い誇りを持つ。「(国内で)自社便を飛ばせないことにじくじたる思いもあるのでは?」。アレクシェンコさんに尋ねると、少し落ち込んだ表情で答えてくれた。「生き残るためには与えられた状況に適応しないといけない」