バルト海につながる港湾を望むドイツ北部ルプミン。運河の向こう側に、ロシアと結ぶ海底パイプライン「ノルド・ストリーム」(NS)の地上施設がみえる。約1200キロ離れたロシア西部から送られた天然ガスはバルト海底を通り、ここから上陸し、欧州各国に供給された。観光シーズンを前に人けのない港にはプレジャーボートが並び、海鳥の鳴く声だけが聞こえる。
【図解でわかる】ドイツとロシアを結ぶ海底パイプライン「ノルド・ストリーム」
◇投じた巨額の建設費
NSはドイツ、欧州とロシアの蜜月時代の象徴だ。2022年2月のロシアによるウクライナ全面侵攻の開始前、露産天然ガスは欧州連合(EU)の輸入量の約4割を占め、最大の輸送ルートがNSだった。
安全保障上の懸念から反対する米国を押し切り、約80億ドル(約1兆1520億円)の巨額の建設費を投じたパイプラインは11年11月に完成。10年後の21年9月には、建設費110億ドルをかけた並行ルート「ノルド・ストリーム2」(NS2)も完工した。
しかし、EUは露のウクライナ侵攻後、露産天然ガスの輸入量を削減。独政府はNS2の認可手続きを中止した。22年9月にバルト海で起きたNS、NS2爆破事件でNSの供給は完全に停止した。
トルコ経由のパイプラインなどで、欧州への露産天然ガスの供給は続いているが、25年1~3月期のEUの輸入量の13%にまで減少。EUは27年末までに露産天然ガスの輸入をゼロにする計画だ。
「これだけ多額の建設費をかけ、それを海の底で眠らせておく理由はありません」。ルプミン市のアクセル・フォークト市長(58)は、そう嘆く。「国際情勢は不確実で、議論は時期尚早かもしれません。しかし、パイプラインの修理、再開は技術的に可能です」と訴えた。
◇AfDは再開を公約に
こうしたNS再開の議論は欧州の政財界でも活発化しつつある。独経済は23~24年に2年連続マイナス成長と低迷。安価な露産天然ガスの供給が減り、エネルギー価格が高騰したことが不況の一因となっており、打開策としてNS待望論が浮上した。
2月の総選挙で第2党に躍進した極右「ドイツのための選択肢(AfD)」は「NSの稼働再開」を公約に掲げた。
独化学企業「インフラ・ロイナ」のクリストフ・ギュンター代表も2月、「NSの再開は、どの補助金よりも(天然ガスの)価格を低下させる。今こそ戦略転換する時だ」と強調した。
NS待望論がくすぶる背景には、欧州の苦境に乗じて自国の液化天然ガス(LNG)を売り込む米国への不信感もある。
◇過度な米国依存への危機感
EUは露産天然ガスの減少分を補うように、米国産LNGの輸入を増やした。米国産LNGは、ロシアのウクライナ侵攻前はEUの天然ガス輸入量の6・5%だったが、25年1~3月期には24・6%でノルウェー産(31・5%)に次ぐ規模に拡大。トランプ米政権は対EU貿易赤字を減らすため、米国産LNGの購入をさらに増やすよう圧力をかけている。
だが、欧州の産業界では、トランプ氏の「米国第一主義」や高関税政策を受け、過度な米国依存を警戒する声が強まっている。
仏エネルギー大手「トタルエナジーズ」のパトリック・プヤネ最高経営責任者(CEO)は、ロイター通信の取材に「1国、2国にエネルギーを依存するのではなく、多様化が必要だ」と訴えた。
欧州各国は冷戦後、米国の核の傘で守られながら、ロシアとの経済関係を急速に強化した。そして今、エネルギー分野でロシア離れを進める局面で現れたのが、欧州に強硬な姿勢をとるトランプ米政権だ。トランプ氏は欧州防衛への関与低下をちらつかせながら、米国への経済的恩恵の提供を求めている。
米国依存からの脱却か、痛みを伴いながらの米欧関係の強化か。欧州の苦悩は深まりつつある。【ルプミン(ドイツ北部)で宮川裕章】