■にわかにリスクオンに沸く金融市場
金融市場がリスクオンムードに沸いている。ドル円レートは一時140円台を割り込んだが、150円が視野に入る円安となった。5月12日に米国と中国が関税措置で合意に達したことを受けて、両国のみならず世界経済に対する下振れが緩和されるとの期待が高まったためだ。ここで、これまでの事態の推移を簡単に振り返ってみたい。
米国のドナルド・トランプ大統領は、4月3日に意気揚々と「相互関税」の詳細を発表したが、直後の金融市場、特に債券市場の反応を受けて、同月9日に90日間の執行延期に追い込まれた。もともとトランプ大統領は、いわゆる「ディール」を好んでいるし、トランプ政権ブレーンらも、交渉のための猶予は設けるつもりだったのだろう。
とはいえ、有事の際に買われるはずの米国債が売られた事実は、政権ブレーンにとって「想定の範囲外」だったはずだ。貿易・製造業担当上級顧問を務めるピーター・ナバロ氏や大統領経済諮問委員会(CEA)の委員長であるスティーブン・ミラン氏らに代わり、スコット・ベッセント財務長官が表に出てきた理由も頷けるところである。
トランプ政権にとって追加関税の最大のターゲットは中国だったわけだが、米国債が売られたことで、このゲームは中国に有利な展開となった。4月上旬に米国から資本流出が生じた際には、中国政府なり傘下の政府系金融機関が、米国政府を圧迫すべく、保有している米国債を売却したとまことしやかに伝えられている。
真偽はともかくとして、追加関税の問題が解決しなければ、中国が本気を出して米国債を売る展開が意識される。仮にそうならなくても、その思惑だけで債券市場はパニックに陥ること必至である。こうした危機感を急速に高めたからこそ、ベッセント財務長官らは中国の何立峰副首相との間で合意を取り付けようと躍起になったのだろう。
■綱渡りの状態にある米国の財政
その米国の財政は、その実、綱渡りの状況にある。ベッセント財務長官は5月9日に米国連邦議会指導部に充てた書簡の中で、連邦政府の債務残高が8月にも法定上限を突破する可能性が高いと明らかにした。つまり、1月に議会が設定した連邦債務の上限は36兆1000億ドルだったが、現在の債務残高は36兆2000億ドルとそれを上回っている(図表1)。
ゆえに、7月にも債務上限を引き上げるなり、債務上限の在り方そのものを変えなければ、米国は政府閉鎖に追い込まれる。このタイミングまでに関税の協議がまとまらなければ、リスクオフモードを強めた投資家が米国債に売りを浴びせる。その後で債務上限を引き上げても、米国債の買い手など見つかるわけがない。
それこそ、米国は自己実現的な財政・金融危機に陥ることになる。この問題を抱えていなければ、米国は中国とのディールに対してもっと強いスタンスで臨んだのではないだろうか。結局、自己実現的な財政・金融危機を回避すべく、ベッセント財務長官らは腐心し、中国との間で、冒頭で述べた合意を取り付けたのだと推察される。
ここで合意の内容を簡単に確認すると、米国は累計で145%だった対中関税を30%に、中国は同じ125%だった対米関税を10%に、それぞれ115%引き下げる。米中は引き下げた関税のうち一部を90日間停止し、2国間で協議を続ける。いずれにせよ今回の米中合意の結果、米国の対中関税は30%(基本税率10%に違法薬物対策20%)、中国の対米関税は10%となるようだ。
関税の24%上乗せ分に関しては、90日間の延期が無期限でロールオーバーされ、最終的に発動されないという展開も考えられるところだが、現行の合意では、米国は中国に相応の追加関税を課すことになる。しかしそれすらも実現不可能で骨抜きになっていくと投資家が考えたため、市場はリスクオンムードを強めたのかもしれない。
■欧州にも配慮する必要がある
他方でトランプ政権は、中国のみならず、欧州にも配慮せざるを得ない状況にあると見受けられる。J・Dバンス副大統領による嫌欧州発言などを受けて、欧州連合(EU)のみならず、ノルウェーのソブリン基金に代表される巨大機関投資家までもが、米国債の保有を手放した可能性が意識されたためだ。