消化器外科医の「よくある一日」
朝は7時半に病院に出勤し外来の診察を済ませると、昼飯のおにぎりを5分で口に詰め込む。午後からは5時間の手術があり、その後は患者への説明と指示出しなどの業務。帰宅できるのは午前1時だ。週末も朝8時半から病棟を回診。昼になって帰宅し、やっと映画を見始めたものの電話がかかってくる。緊急手術のために呼び戻されて、結局11時間も病院にいることになる。それでも給料は、定時に帰ることができる他の診療科の医師と変わらない。
これは、救急病棟を扱ったドラマの話ではない。5月10日、順天堂大学(東京)で開かれた市民公開講座で紹介された消化器外科医の「よくある一日」である。
〈消化器外科医がいなくなる日?〉と題した公開講座では、若手からベテランまで、現役の消化器外科医が激務の現状を明かしたが、それは一言で言って、かつての流行語「24時間戦えますか」の世界である。
彼らが仕事を続けるのは、責任感と患者からの感謝の声があるからだが、実際には消化器外科を希望する医師がどんどん少なくなっている。厚労省によれば、ここ20年ほどで消化器・一般外科医の数は一貫して減少し、2002年と比べて約21%のマイナス。さらに、43年には今の半分になってしまうと予想されている。
「家庭が崩壊している医師も」
すい臓がん治療の第一人者・藤井努富山大学教授が公開講座の演壇で明かした。
「家族との時間が持てないので、家庭が崩壊している医師もいます」
「正直言いますと私も何度か消化器外科医を辞めようと思ったことがある。他の診療科に転科したり開業医になることも考えました」
名医でさえ辞めたいと考えたことがあるのだ。実際にこのまま医師が減ってしまうと何が起きるのだろう。消化器外科の治療範囲は食道から始まって胃や腸、すい臓、胆のうや肝臓など幅広いが、がんが見つかっても、医師がいないため手術を受けるまで半年や1年待たされるかもしれない。
藤井氏は全国に先駆けてこの問題に取り組み、医局員の勤務環境の改善に努めてきた。
「(シフト制などを取り入れて)いまでは、医師が18時までには帰れるようにしました。一般企業と同じぐらいにはなったでしょうか。私自身はそこまで改善できていないのですが」(藤井氏)
しかし、医学界を見渡せば、大半の消化器外科医はいまも24時間戦わされている。「長寿大国日本」の危機は足元までやって来ているのだ。
「週刊新潮」2025年5月22日号 掲載
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