イスラエルがガザ攻撃を続ける深層:ユダヤ人の「約束の地」思想と歴史的背景

イスラエルはなぜ、パレスチナ自治区ガザ地区への攻撃を止めないのでしょうか。この問いの背景には、イスラエルに住むユダヤ人の持つ独特のメンタリティと、彼らの歴史的・宗教的信念が深く関係しています。毎日新聞専門編集委員の大治朋子氏は、この「ユダヤ人独特のメンタリティ」を理解することが、紛争の根源を解き明かす鍵だと指摘しています。

パレスチナ問題の根源:異なる「土地」認識

特派員として多くのイスラエル市民に「占領が問題の根源ではないか」と尋ねた際、少なからぬ人々が異口同音にこう答えました。「ここは私たちユダヤ人にとって『約束の地』です。アラブ人(パレスチナ人)が数百年程度ここに住んでいたとしても、私たちの民族は数千年前にここにいたのです。これは占領ではなく、私たちは故郷に帰ってきたのです。」

「過去数百年間」そこに住んでいた人々に居住の正当性があるという感覚を持つ人々にとって、「数千年」という途方もない時間軸と聖書の物語を持ち出すイスラエル人の反論は、会話を困難にします。この隔たりこそが、パレスチナ問題の根本にある認識の違いを示しています。

米調査会社ピュー・リサーチ・センターが2014年から2015年にかけて行った世論調査では、イスラエルのユダヤ人の約半数(49%)が自らを「世俗派」と呼び、残りの半数が「宗教的」だと回答しました。「宗教的」な人々とは、日常的に祈りやシナゴーグ(ユダヤ教会堂)への訪問を行う人々を指します。イスラエル人の世界観を理解する上で、この「宗教的」な人々の考え方を無視することはできません。特に信仰の最も篤い「超正統派」と呼ばれる人々は、2050年にはイスラエル人口の3人に1人を占めると予測されており、彼らの視点は今後ますます重要になるでしょう。本稿では、聖書などをもとにユダヤ教とユダヤ人の歴史を振り返りながら、それが現代にどのような意味を与えているのかを大局的に追います。

イスラエルとパレスチナ問題の背景にあるユダヤ人の思想を示すイメージイスラエルとパレスチナ問題の背景にあるユダヤ人の思想を示すイメージ

ユダヤ教における「信仰のよりどころ」と歴史

イスラエルがガザ地区への攻撃を続ける理由を深く理解するには、ユダヤ教の信仰とその歴史的背景を紐解くことが不可欠です。ユダヤ人の自己認識と「約束の地」に対する揺るぎない信念は、聖典の教えに深く根差しています。

「旧約聖書」と「モーセ五書」の教え

ユダヤ教の聖書は、紀元前12世紀頃に主に古代ヘブライ語で書かれた24巻の書物から成り、キリスト教ではこれを「旧約聖書」と呼びます。この聖典は、「トーラー(律法)」、「預言書」、「諸書」の計3部で構成されています。特に重要なのは「トーラー」で、これは紀元前13世紀頃に民族の指導者であり預言者であるモーセがシナイ山で神から受けた啓示を成文化したものです。

トーラーは「モーセ五書」とも呼ばれ、「創世記」「出エジプト記」「レビ記」「民数記」「申命記」に分かれます。

  • 創世記:ユダヤ民族が自らを「選ばれた民」とする起源を描いています。
  • 出エジプト記:神が授けた「約束の地」カナン(現在のイスラエル、パレスチナ自治区が主)を目指したユダヤ民族の苦難の道のりが綴られています。カナンの地は、旧約聖書の中で「乳と蜜の流れる地」と記され、その豊かさと神聖さが強調されています。

タルムードの役割とその重要性

モーセが神からの啓示を文字として残した「トーラー」に加え、弟子であるヨシュアには口伝でも伝えられました。この口伝と、それに対する詳細な解説を集大成したものが「タルムード(学び)」と呼ばれる聖典です。ユダヤ教においては、「旧約聖書」に次ぐ重要な存在とされており、信仰生活における具体的な規範や解釈を深める上で不可欠なものとなっています。

結び

イスラエルとパレスチナ自治区を巡る紛争は、単なる政治的・領土的な対立に留まらず、ユダヤ民族が数千年にわたり抱き続けてきた宗教的信念、特に「約束の地」という思想に深く根差しています。彼らの歴史観やアイデンティティは旧約聖書、モーセ五書、そしてタルムードといった聖典によって形作られ、「選ばれた民」としての自己認識とカナンへの帰属意識が、現代のガザ攻撃の背景にある「独特のメンタリティ」を形成しているのです。この歴史的・宗教的側面を理解することは、中東情勢の複雑な現状をより深く読み解くための重要な視点となります。

参考文献

  • 大治朋子 (2025). 『「イスラエル人」の世界観』毎日新聞出版.