明かされない本当の成長率
価格高騰で世間を騒がせている日本の主食・コメの年間収穫量は約730万トン。一方、中国の醤油生産量は、それを上回る。人口大国だからとはいえ、かの国にとって醤油は日本以上に “国民的調味料”なのである。
その中国が醤油の生産量を公表しなくなって久しいと報じたのは、5月4日付の米ウォール・ストリート・ジャーナルだ。目下、不動産市場の崩壊や過剰債務に苦しむ中国は、本当の成長率を知ることが困難だといわれている。国内総生産(GDP)のデータは信頼されておらず、公式発表(2023年)の5.2%増という数字も、2〜3ポイント水増ししているとの見方もある。
そのため、エコノミストたちが注目しているのが、映画興行収入やセメント工場の稼働率、大手電力会社の発電量などといった産業界のデータだ。これらの数字は意図的に操作することが難しいからである。ところが、中国政府もそれを察知してか、火葬件数や株式市場の新規投資家数などの統計を相次いで発表しなくなり、醤油生産量は21年5月をもって公表停止。以来、再開していない。最後となった21年の生産量は年間778万トンといわれている。なぜ中国政府は醤油のデータを隠すのか。
データ公表が止まった“ある時期”
元産経新聞中国総局記者でジャーナリストの福島香織氏が言う。
「中国政府がデータ公表を止めたのはコロナ禍で死者数が急増していたタイミングでした。華人のチャイナウォッチャーらは、“醤油の生産が急減すれば人口が減っていることが分かり、人々が本当の死者数に気が付くことを政府が警戒したのではないか”とみています。また、醤油生産量の減少は飲食店の倒産件数とも関連し、エコノミストらがそこから実際の景気動向を探ってくる可能性もある。それを恐れての措置ともいわれています」
また、中国事情に詳しいインフィニティのチーフエコノミスト・田代秀敏氏によると、
「中国では21年6月に、国家市場管理監督総局が『醤油及び食酢の品質安全監督管理の強化に関する公告』を発布しています。これは大豆や大豆かす、または小麦、小麦ふすま以外の原料から醤油を作ってはならないと定めたもの。いわゆる調整(あるいは合成)醤油を『醤油』と名乗って売るのを禁止しました。すると、それまでと比べて醤油生産量は統計的に激減することになる。その数字をアナリストが勝手に解釈するのを嫌って、発表を止めたのでしょう」
かくて、隣国では食卓の“お供”が国家機密となっているのである。
「週刊新潮」2025年5月29日号 掲載
新潮社