「喜劇役者」として67年にわたり第一線で活躍し続ける伊東四朗さんが、6月15日に88歳の米寿の誕生日を迎えました。その独自のシニカルな笑いは、先輩たちの「粋」を受け継ぎ、数々の長寿番組や作品を名脇役として支えてきました。ラジオ生放送の直前に行われたインタビューでは、自身の半生をよどみなく振り返りました。
長寿家系ではないにも関わらず88歳を迎えたことについて、伊東さんは「どうしてでしょうね」と語ります。60代、70代の頃は「まだまだ青春」と感じていたそうですが、今はやめたことの方が多いといいます。かつて脳の体操として世界の国名や円周率の暗唱をしていましたが、今は「眠くなっちゃうんでやめました」とのこと。それでも日本の旧行政区分である「68州」は今でも言えると茶目っ気たっぷりに話しました。
整理された頭の中からは、質問に応じて次々と貴重な逸話が出てきます。彼の芸の原点は、幼少期に父に連れられて見た映画や芝居にあります。特に4歳で初めて訪れた演舞場で見た、15代目市村羽左衛門と2代目市川猿之助による歌舞伎「勧進帳」は強烈な印象を残し、妙に歌舞伎が好きになるきっかけとなりました。
喜劇役者・伊東四朗さん、88歳米寿の誕生日を迎え、笑顔でポーズ。長年のキャリアを振り返る。
芸の道へ：大胆な行動と運命的な出会い
高校卒業後、早稲田大学の生協に勤めていた伊東さんは、歌舞伎への思いが縁を結びます。早稲田祭で舞台の脚本を書き、二世尾上松緑の楽屋を訪ねるという大胆な行動に出ました。「そのへんのオッサンじゃしょうがない」と考え、当時一番人気のあった松緑さんに台本を読んでもらおうとしたのです。歌舞伎座の受付では断られかけましたが、偶然現れた松緑さんの計らいで楽屋に通され、台本を読んでもらうだけでなく、名代の女形の方まで呼んでもらえたという信じられない展開に、「今考えると、よく行ったな、と。信じられない展開でしたね」と苦笑します。
プロになる気はなく、劇場通いは趣味でしたが、新宿フランス座には頻繁に通い、いつも決まった席に座っていたため、舞台側からも「有名人」として認識されるようになります。やがて座長の石井均さんから楽屋に誘われ、それが芸能界入りの直接のきっかけとなりました。最初の役は「公衆便所から出てくるだけの役」だったそうです。ちょうどその頃、早大生協から正社員の話がありましたが、「ついつい石井均さんの方に行っちゃいました」。
3年後に石井一座は解散しますが、その頃、キャバレーでの営業を通じて、後に「てんぷくトリオ」を結成する三波伸介さん（82年52歳没）と戸塚睦夫さん（73年42歳没）に出会います。最初はあまりにいい加減だったことから「ぐうたらトリオ」という名前でしたが、日劇出演が決まった際に、東宝の重鎮によって「てんぷく」と命名されました。「変な名前だと思いましたが、何しろ重鎮が付けてくださった名前ですからね」。この名前でテレビにも呼ばれるようになります。
「笑点」秘話と役者としての意識改革
三波さんが「笑点」（日本テレビ系）の3代目司会として注目されたのは1970年末のこと。札幌での収録時、当時の司会者と座布団運びが乗った飛行機が遅延し、急きょ三波さんが司会に抜擢されたのです。伊東さんはその時だけ、三波さんに言われて座布団運びを務めたという秘話を明かしました。「三波の司会はそれがきっかけです」。
三波さんが「笑点」の顔となる一方で、伊東さんは特定の人気番組にレギュラーとしてこだわることはありませんでした。持ち前の個性で映画やドラマの仕事が増え始めた時期と重なっていたこともあります。1968年の新聞で、市川崑監督は伊東さんの名前を挙げ、「てんぷくトリオの中で一番若くて一番やせている人。演技開眼したらしく、からだとセリフのタイミングが見事。面白い」と期待のホープとして評価しました。伊東さんは「あれだけの大御所が見ていてくれたことが感激で、それからですね。誰が見ているか分からない、と思うようになり、（演技への）意識が高まった気がします」と語り、市川監督を恩人と位置づけています。
喜劇役者としての哲学と学び
「マルサの女」（87年）や「ミンボーの女」（92年）といった伊丹十三作品、「笑ゥせぇるすまん」（99年テレビ朝日系）などのドラマで見せた怖いほどの個性とは対照的に、「喜劇役者」としての思いはずっと胸にありました。彼は「芝居ってのはすべて喜劇になると思ってますから。（役柄は常に）矛盾をはらんでますから、矛盾を指摘しているうちにいつの間にか面白い芝居になっちゃう」とし、シェークスピアだろうと何だろうと「結局は喜劇に行き着いちゃう」と考えています。
尊敬する喜劇役者、三木のり平さん（99年74歳没）に呼ばれて共演できたことは、伊東さんにとって大きな喜びでした。「喜劇 雪之丞変化」（91年）での徹底的なボケとツッコミの稽古は、「ぜいたくな話」で、劇場が揺れるほどウケたといいます。「あれで覚えたものは私の財産になってます」。しかし、三木さんはウケるたびにツッコむ伊東さんに、「あそこ2回までにしよう」と、3回、4回ツッコむのは「粋じゃない」「やぼになるから」と教えました。「一番いい時にやめるのが粋なんだ」という三木さんの教えは、伊東さんの芸に対する美学の根底にあります。三木さんの持つ「華」についても触れ、「花道に出るだけでわぁーっとくる。私にはありませんですけど」と謙遜しました。
社会現象となった「おしん」と「電線音頭」
NHK連続テレビ小説「おしん」（83年）でヒロインの父親役を演じた際の反響の大きさには今でも驚かされています。「本気になっちゃうお客さん（視聴者）がいることがいまだに信じられない」と言い、自宅を訪ねてきた視聴者に、妻が「いいかげん（おしんを）いじめるのやめるように言っとけ」と言われたエピソードを紹介。「『ここがおしんの家か』と聞かれるそうですから。違うとも言えませんし。女房はポカンとしていましたけど、こっちもポカンですよ」。ドラマ視聴者を本気にさせるほど、伊東さんの演技は強烈な印象を与えました。
ドラマの傍ら、小松政夫さん（20年78歳没）とのコンビによる「電線音頭」も人気を博しました。有楽町のそごう内にあったスタジオに呼ばれ、毎週コント形式で披露していたものです。「歌と踊りでやって、と丸投げされてしまった」そうですが、伊東さんが考案した衣装と振り付けがそのまま採用され、当初は1週か2週で終わると思っていたものの、「どんどん盛り上がっちゃった」。交通機動隊で披露した際には、隊員たちが一緒に踊ってくれるなど、結婚式やお花見の定番になるほどの人気となりました。伊東さんは人気の最中に「辞めどきを考えていました」と明かし、ここでも三木のり平さんの「だらだらとやるのはやぼなものなんだ」「一番いい時にやめるのが粋なんだ」という教えが頭にあったといいます。
終わらせる美学と続けたい思い
一度きりと思って始めたものの、予想外に続いた企画も複数あります。「伊東四朗一座～旗揚げ解散公演～」（04）はその名の通り、最初で最後にするつもりでした。「私は脇役だ。座長役ではない」と思っていたものの、「いいタイトル考えますから1度だけ」という勧めと、「旗揚げ解散公演」というタイトルが受け、「大入りでやらざるを得なくなった」。結局「だらしない話で5回もやってるんですよ」と苦笑しました。
「伊東家の食卓」（日本テレビ系）は97年から9年半続き、羽田美智子さんとコンビを組んだドラマ「おかしな刑事」（テレビ朝日系）は昨年まで21年間続きました。「まだ、後ろ髪引かれる感じはありますけど」と名残惜しさも覗かせます。
特に思い入れがあるのは、渡瀬恒彦さん（17年72歳没）が主演を務めた「警視庁捜査一課9係」から続く「特捜9」シリーズです。伊東さんはゲスト出演した回があり、先日その打ち上げにも呼ばれた際に、「あの作品はもったいないから（スペシャル）1本でもいいからやりましょうよ、と今プレッシャーをかけているんです（笑い）」と、シリーズ継続への意欲を見せました。渡瀬さんとは、人気のドラマシリーズ「十津川警部」でも長年コンビを組んでおり、渡瀬さんが歴代最多の54回十津川警部を演じた全作で、伊東さんは相棒の亀井刑事を務めました。「十津川警部はいろんな人がやりましたが、私はずっとあの人（渡瀬さん）だと思ってついていきましたから。亡くなってしまって、もったいなかったな、という思いは今もあります」。
自身の芸に「やめどき」を課す一方で、代えのきかない主演俳優や作品はどこまでも脇から支え続ける。それが伊東さんの「粋」な美学なのかもしれません。
てんぷくトリオを組んだ三波さんと戸塚さんは早世しましたが、伊東さんは「今でもトリオを解散したという意識はない」と語ります。戸塚さんは42歳、三波さんは52歳でした。「2人が亡くなった時の喪失感はあまりにも大きかった。おれどうしたらいいんだ、と行き場を失いましたね」。三波さんが亡くなった52歳という年齢について、「（美空）ひばりさんも52歳、（石原）裕次郎さんもそう。東八郎も52でした」と触れ、「本当のこと言うと、52を通過するときはちょっとびびりましたけど、いつの間にか88ですか…」としみじみ語りました。
現在もレギュラー出演中のラジオ番組「伊東四朗 吉田照美 親父・熱愛」（土曜3時）は、前身番組から数えて41年目を迎えます。「私はだいたいしゃべらない人なんで、黙ってろって言われたら2時間、3時間黙ってる人なんで。そんな無口な人間を使うのはそもそも大冒険だと思いましたね（笑い）」。話す仕事をしていると、若い世代の話し方が気になることもあるそうですが、「非難はしません。自分が使わなければいいので」。生放送ならではの、電話で反響がすぐに返ってくるスタイルには、「今でもドキドキしますね」と、88歳になってもなお新鮮な気持ちで臨んでいる様子をうかがわせました。
88歳の米寿を迎えてもなお、現役として活躍し続ける伊東四朗さん。その芸には、長年の経験に裏打ちされた深みと、常に新しいものにも興味を持つ柔軟さ、そして何より「喜劇役者」としての揺るぎない誇りが息づいています。共に時代を駆け抜けた仲間たちへの思いを胸に、これからも私たちに笑いと感動を届け続けてくれることでしょう。
引用元: https://news.yahoo.co.jp/articles/707e5629aa87c202e6ca7ccc3dc6e436eb1c7343
