4年半余り前、和歌山の静かな海で、2人の男性がコードで結ばれて入水した。彼らは、ある“サークル”(実質的なカルト集団)の信者だった。集団の頂点に坐するのは、狂気に染まった“女占い師”と称される人物。異様な集団生活と、世間から隔絶された関係性の果てに、教祖と信者たちが見た景色とは何だったのか。特に、犠牲者の一人である早稲田大学卒業の寺本浩平さんのたどった人生に焦点を当てる。
早稲田大学卒業後、エリートエンジニアとして活躍した寺本浩平さん。女占い師のカルトに洗脳され、命を落とした被害者の一人。
近隣住民や、以前住んでいたアパートの家主にとって悪夢のような日々は、2010年暮れになって、ようやく一つの区切りを迎える。それは、濱田(仮名)ら集団が逮捕時まで暮らしていた新たな居宅が完成したためだ。この家は、すでに濱田の強い支配下にあった寺本さんが、2009年に土地を購入し、新築した2階建ての豪邸である。延べ床面積は約265平方メートルにも及び、白亜の壁に覆われた建物は、その正面側に一切窓がないという、住宅地の中でもひと際異様な佇まいを見せていた。
ここに集団が転居した後も、複数の男女が出入りを続けた。室内からは朝方までカラオケの音が響くこともあり、周辺住民からは困惑や眉を顰める声が上がっていた。
なお、転居前に集団が借りていたアパートの借主であった男性信者は、すでに濱田の元を離れたという。この男性の家族は、当時のことを困惑しながらも明かしている。「10年以上前に、ひょっこり実家に戻ってきました。何があったのか、詳しいことは本人に聞いていないんです。こちらから聞くのもつらいですし、本人もしんどかったのではないかと思います」。濱田がこの男性の姉と名乗っていたことについては、「その淑恵(仮名)という人物には会ったことも見たこともないですし、うちの親族でも何でもありません」と否定した。
他方で、逮捕後も濱田を強く崇拝し続けていたのが、集団の腹心とされた滝谷(仮名)や寺﨑(仮名)であり、そして最終的に濱田の指示によってか、命まで捧げることになってしまった寺本さん、そしてもう一人の犠牲者である米田さん(仮名)だった。
エリートエンジニアだった寺本さんの“転落”
犠牲者の中でも、特に寺本浩平さんはその華麗な経歴で知られていた。東京都出身の彼は、早稲田大学理工学部、さらに同大学院理工学研究科というアカデミックな道を歩み、卒業後は大手電機メーカーである三菱電機に入社した。そこでは、音響機器、特にスピーカーの開発に関わる有能なエンジニアとして活躍していたという。
寺本さんを知る人は彼の過去をこう語る。「彼はクラシック音楽が大好きで、高校時代からオーディオに夢中でした。大学もその系統に進んで、早稲田大学のオーディオ研究会に所属し、さらには学生オーディオ連合の会長まで務めていました。就職してエンジニアになり、まさに趣味を仕事にしたような人だったのです。彼の母親は占い好きだったそうなので、もしかしたらスピリチュアルな世界に傾倒した背景には、その影響があったのかもしれません」。
また、学生時代から彼を知る友人も、寺本さんのパーソナリティについてこのように振り返っている。「若い頃から、一度何かにハマったらブレーキが壊れたダンプカーのように、まっすぐ突き進む、一直線なところがありました」。この、一度信じたら疑わない彼の純粋さともいえる性質が、やがて彼を“女占い師”が率いるカルト集団へと引き寄せ、悲劇的な結末へと導く遠因となったのかもしれない。有能なエンジニアとして輝かしい未来が嘱望されていたエリートが、なぜカルトに深く洗脳され、命まで落とすことになったのか、その背景には集団の巧妙な手口と、寺本さんの内面的な要因が複雑に絡み合っていたことがうかがえる。