新型コロナ対策の中心的役割を担った尾身茂氏から、「コロナワクチンは残念ながら感染予防効果はあまりない」という衝撃的な発言が飛び出した。この発言は、「感染を予防できると聞いていたのに」という批判を招いている。しかし、この言葉の真意を理解するためには、パンデミック初期におけるコロナワクチンを巡る緊迫した状況とその経緯を振り返る必要がある。
コロナワクチンの感染予防効果について発言する尾身茂氏
パンデミック初期の状況と唯一の希望としてのワクチン
2020年初頭、中国・武漢で始まった未知のウイルスは、あっという間に世界を覆い、深刻な脅威となった。WHOはパンデミックを宣言し、感染は拡大の一途をたどった。当時は、マスク、手洗い、3密回避といった、効果が不確実な対策しかなく、マスクや消毒剤の不足は深刻な社会問題となった。このような絶望的な状況において、人々の唯一の希望となったのが、安全性と有効性が確認されたワクチンの開発だった。
ワクチン開発・調達を加速させた世界的な取り組み
ワクチン開発を前例のないスピードで進めるため、各国政府は大規模な取り組みを開始した。米国では、第二次世界大戦中のマンハッタン計画になぞらえた「ワープ・スピード作戦」が発動され、政府が開発リスクを負担し、臨床試験と並行して大量生産の準備を進めた。特に、当時最新技術であったmRNAワクチンへの大胆な投資は、製薬企業のリスクを軽減し、開発を劇的に加速させた。その結果、通常数年かかる開発が1年以内に短縮され、主要製薬企業による約20種類のワクチン候補が臨床試験に進んだ。これを受け、各国政府は大規模な事前購入契約を巡る国際競争に突入した。米国政府はファイザー/ビオンテックとモデルナに巨額の資金を拠出し、ドイツ政府も国内企業を支援した。
日本のワクチン戦略:巨額投資と事前購入契約
日本もこの世界的な動きから遅れをとるまいと、迅速なワクチン確保に動いた。政府は「ワクチン生産体制等緊急整備事業」を立ち上げ、塩野義製薬や武田薬品工業(ノババックス技術導入)に巨額の補助金を投じ、国内での開発・生産能力強化を目指した。さらに、2020年後半から2021年初頭にかけて、モデルナ、アストラゼネカ、そして特にファイザー社との間で、合計数億回分に及ぶ大規模な事前購入契約を締結した。これらの契約は、未承認段階のワクチンを確保するための戦略であり、パンデミックの脅威に対抗する上で不可欠と考えられた。この結果、ファイザー社は2021年に売上高を倍増させ、世界の製薬会社の中で首位に躍り出るなど、空前の利益を上げたことは広く知られている。
このように、パンデミック初期におけるワクチンは、絶望的な状況を打開する唯一の希望であり、感染予防への期待も非常に大きかった。尾身氏の「感染予防効果はあまりない」という後の発言は、開発初期の知見と、その後の研究や変異株の出現によって明らかになった科学的知見との間の変化を反映している。ワクチンの有効性は時間やウイルスの変異で変化しうる複雑なものであり、尾身氏の発言は、パンデミックの経過とともに得られた新たな理解を示唆していると言える。
参考文献: