胸を抉られるような重苦しいテーマを扱い、「後味が悪い」と感じさせる映画は少なくありません。特に実話に基づいた作品では、登場人物に感情移入するほど、その背後にある現実の残酷さに嫌悪感を抱くこともあります。しかし、時に作品のモチーフとなった実際の事件は、描かれた内容を遥かに超える残忍さと恐ろしさを内包しています。この記事では、実話の方が時にフィクションより恐ろしいと感じさせる日本映画の一つである『葛城事件』を取り上げ、その作品の魅力、俳優たちの迫力、そしてモチーフとなった実際の事件について詳しく掘り下げていきます。
映画『葛城事件』の概要と背景
2016年に公開された映画『葛城事件』は、上映時間120分。監督・原案・脚本は、劇作家であり、映画監督としても『その夜の侍』(2012)で高い評価を得た赤堀雅秋氏が務めました。主要キャストには、父・葛城清役に三浦友和氏、妻・信役に南果歩氏、長男・保役に新井浩文氏、そして後に無差別殺傷事件を起こすことになる二男・稔役に若葉竜也氏といった実力派俳優が顔を揃えています。
作品は、理想の「幸せな家庭」を追い求めるあまり、次第に家族を追い詰めていく父・清を中心に、精神を病んでいく妻、リストラを言い出せずに孤立する長男、そして社会への憎悪を募らせていく二男という、崩壊していく葛城家の人々が辿る過酷な運命を描いています。金物屋を営み、マイホームを建て、二人の息子にも恵まれた清でしたが、その頑固で横暴な性格が露呈し始め、感情的になると家族に暴力を振るうようになります。長男は職を失った事実を隠し続け、二男はアルバイトが続かないことを父に責められるたびに理不尽さを感じ、家族内に不穏な空気が満ちていきます。
映画『葛城事件』で父親・葛城清を演じる三浦友和氏
モチーフとなった附属池田小事件の詳細
本作の最大の注目ポイントは、そのモチーフが2001年6月8日に大阪府池田市で発生した「附属池田小事件」(大阪教育大学附属池田小学校事件)であることです。この事件は、15回の逮捕歴があり、当時は無職で引きこもり状態にあった男が、社会に対する強い憎悪から名門として知られる同小学校に侵入し、出刃包丁で児童8人を殺害、教職員2人を含む児童15人に重軽傷を負わせたという、日本の犯罪史上稀に見る無差別大量殺人事件として、社会に大きな衝撃を与えました。
犯人は逮捕後の取り調べに対し、犯行動機について「インテリの子どもを多く殺せば確実に死刑になると思った」などと供述し、その異常性が際立ちました。同時に、犯人の生い立ちや劣悪な家庭環境にも注目が集まり、「いかにしてこのような歪んだ「モンスター」が生まれたのか」が繰り返し報じられました。実際、犯人はアルコール依存症で暴力を振るう父、ネグレクト(育児放棄)を行う母、そして7歳上の兄の自殺など、想像を絶するほど悲惨な環境で育っていたことが明らかになっています。
事件が社会に与えた影響と波紋
附属池田小事件は、その後の無差別殺人事件にも影響を与えました。死刑を目的とした犯行が相次ぎ、2008年の秋葉原無差別殺傷事件や、2021年の京王線無差別襲撃事件など、いわゆる「誰でもよかった殺人」が増加する契機の一つとなったとも言われています。
事件後、犯人は望み通りの死刑判決を受けましたが、獄中でも父に対して「宮崎勤の父のように自殺してほしかった」と語るなど、その憎悪を隠そうとはしませんでした。映画『葛城事件』では、若葉竜也氏演じる二男・稔(犯人)が、死刑制度反対を訴える女性(田中麗奈氏演)と死刑執行前に獄中結婚をするというエピソードが描かれていますが、これは附属池田小事件の犯人が実際に獄中結婚した事実に着想を得たものです。
また、この事件では、犯人が過去に統合失調症で精神科の閉鎖病棟に入院していた経緯があったため、精神障害者に対する偏見が助長されるという問題も生じました。これを受け、全国精神障害者家族会連合会(全家連)がメディアに対し、「精神病者は危険」といった偏った報道を控えるよう声明を出す事態に至りました。そのためか、現在では殺人や傷害事件の報道において、加害者に精神障害の可能性がある場合、第一報では実名報道を控えるケースが以前より目立つようになっています。
まとめ
映画『葛城事件』は、一人の男が無差別殺傷事件に至るまでの家族の崩壊を克明に描き出すことで、観る者に重い問いを投げかけます。そして、そのモチーフとなった附属池田小事件の現実は、映画で描かれた内容以上に複雑で凄惨な背景を含んでおり、日本の社会に深い傷跡を残しました。本作を通じて、私たちは人間の心の闇、家族関係の難しさ、そして社会が抱える問題点について、改めて考えさせられるのです。フィクションである映画の恐ろしさを超える現実の凄惨さは、この事件が単なる過去の出来事ではなく、現代社会にも通じる重要な示唆を含んでいることを物語っています。
参照元: https://news.yahoo.co.jp/articles/5f2a9762166fd6881158cdb02a4b6c1f6d024959