映画が世に送り出され、観客の目に触れることは、決して当たり前ではありません。製作過程においては、予期せぬ困難やトラブルが頻繁に発生し、乗り越えられて初めて公開へと漕ぎ着けます。しかし、時には完成しながらも、残念ながら日の目を見ることなく「お蔵入り」となる作品も存在します。本稿では、そうした幻の作品の一つである映画「一茶」を例に、その複雑な背景と、公開実現に向けた奇跡的な支援の動きを深く掘り下げます。この事例は、日本の映画業界が抱える課題と、文化を支える人々の情熱を示すものです。
幻の映画「一茶」の概要
2017年に製作された映画『一茶』は、日本を代表する時代小説家・藤沢周平の人気小説を原作とし、江戸時代の俳諧師、小林一茶の波乱に満ちた生涯を描いた作品です。監督は『劇場版テンペスト3D』などで知られ、大河ドラマを多く手掛けた吉村芳之氏(故人)。主演の一茶を俳優のリリー・フランキーが務め、伊藤淳史、石橋蓮司、佐々木希、水川あさみ、内野聖陽、奥田瑛司、中村玉緒といった豪華俳優陣が脇を固めました。公開が予定されていた当時、この豪華な顔ぶれに加え、吉村監督の初の映画監督作品となることもあり、映画ファンや原作読者から大きな注目を集めていました。
製作費問題と飯山市への影響
しかし、期待が高まる中で、映画「一茶」は深刻な金銭トラブルに直面します。製作会社が約4億円もの負債を抱えて破産したため、資金繰りが急速に悪化しました。この事態により、撮影に参加したキャストやスタッフへのギャラが未払いとなり、さらには主要なロケ地となった長野県北信地方、特に飯山市の観光局などが、映画スタッフの宿泊代を立て替え払いしたものの、その回収が不可能となり、数千万円にも及ぶ多額の損害を被ることになりました。
撮影は既に終了し、あとは公開を待つばかりという段階でのこの金銭トラブルは、関係者にとってまさに暗礁に乗り上げる事態でした。さらに、吉村監督は撮了後まもなく他界されたため、完成したはずの「一茶」は図らずも監督の「遺作」となり、このままお蔵入りとなる可能性が高まっていました。
映画「一茶」で小林一茶役を演じた主演俳優リリー・フランキー
公開に向けた奇跡的な支援の動き
絶望的な状況に見舞われた映画「一茶」でしたが、2018年に事態は急展開を見せます。京都市の建設業「沖潮開発」の沖潮吉績社長が、映画の置かれた状況を知り、飯山市に対し約2000万円を寄付することを申し出たのです。幼い頃から大の映画好きで、病気療養中に「一茶」のお蔵入りニュースを見たことが寄付のきっかけとなったといい、映画を愛する一人のパトロンの存在が、この作品に新たな光をもたらしました。
この個人による多額の寄付に加え、映画のスタッフたちは「映画『一茶』を救う会」を結成し、作品の公開実現を目指して動き始めました。彼らは新たなスポンサーを募る活動を展開し、クラウドファンディングの実施も検討されました。主演のリリー・フランキー氏も、作品の公開を熱望するメッセージを発表し、その想いを広く伝えました。
結びに
映画「一茶」の物語は、製作の舞台裏に潜む困難、特に資金繰りの厳しさを浮き彫りにしました。しかし同時に、文化への深い愛情と、困難な状況にある作品を救おうとする人々の連帯が、いかに力強いものであるかを示しています。製作会社の破産、吉村監督の逝去という悲劇を乗り越え、沖潮社長の寄付や「映画『一茶』を救う会」の活動によって、この「遺作」が再び公開へと向かう希望が見えてきました。故吉村監督も、草葉の陰からその実現を心待ちにしていることでしょう。映画「一茶」の公開が、いつの日か実現することを願ってやみません。