中国の国旗。娃哈哈創業者宗慶後氏を巡る巨額遺産訴訟と中国経済への影響を示唆。
中国を代表する飲料企業「娃哈哈(ワハハ)」の創業者、宗慶後氏が死去して1年。現在、彼の3人の婚外子を名乗る成人たちが、宗慶後氏の一人娘で現会長である宗馥莉氏を相手取り、18億ドル(約2680億円)に上る海外資産の凍結を求める訴訟を香港高等裁判所で提起し、世界的な注目を集めている。この遺産争いは、生前に宗慶後氏が大切にしてきた「家族文化」という企業理念の価値を法廷の場で問うものとなり、中国の民間企業が直面する世代交代と承継問題の新たな象徴として波紋を広げている。
中国飲料大手「娃哈哈」創業者・宗慶後氏の軌跡と「庶民派富豪」の顔
宗慶後氏は1987年、42歳で杭州市の小学校売店から流通業を始め、その後に娃哈哈を創業した。1990年代には子ども向け栄養飲料が大ヒットを記録し、その後はミネラルウォーター、炭酸飲料、粥、ヨーグルトなど製品群を大きく拡大。「食品業界の大物」として名を馳せ、中国の長者番付では3度にわたり1位に輝くなど、その手腕は高く評価された。
彼は株式上場や外部からの借入を拒む独自の経営哲学を持ち、高齢社員を解雇しないといった伝統的な経営スタイルを貫いたことから、「庶民派富豪」としても国民的な人気を博した。生前には一人娘の宗馥莉氏を後継者に指名しており、2024年2月に宗慶後氏が死去した後、宗馥莉氏が正式に娃哈哈グループの経営権を引き継いでいた。この平穏な継承は、中国経済界における成功事例と見られていた。
衝撃の展開:3人の婚外子の出現と巨額資産の凍結訴訟
しかし、物語は今年7月、宗慶後氏の死から約1年後に予期せぬ転機を迎えた。突如として現れた米国国籍の3人の婚外子たちの存在が、宗慶後氏が築き上げた尊敬される企業家としてのイメージを大きく揺るがしたのだ。訴訟の原告は、宗継昌(Jacky Zong)、宗婕莉(Jessie Zong)、宗継盛(Jerry Zong)の3氏で、彼らは宗慶後氏と、娃哈哈の幹部で創業メンバーの一人である杜建英氏との間に生まれた子どもだと主張している。杜建英氏は宗慶後氏より21歳年下で、浙江大学出身のエリートであり、娃哈哈の海外事業を主導してきた中心人物とされる。
彼らが主張する遺産の核心は、宗慶後氏が2003年に香港HSBCに設立したとされる信託口座にある。原告側は、宗慶後氏が子ども一人につき7億ドル、合計21億ドルを信託するという口頭での約束があったと主張。現在までに18億ドルがこの口座に預けられていたとされる。2024年5月に110万ドルが外部に引き出されたことを契機に、今回の遺産訴訟が提起された。
これに対し、宗馥莉氏側は、宗慶後氏が2020年に作成した遺言書を根拠に、「海外資産はすべて一人娘である宗馥莉氏に帰属する」と反論している。しかし、この遺言書の立会人がすべて娃哈哈の幹部であり、家族が含まれていない点が法的な争点となっている。原告側はさらに、杭州市中級人民法院に対しても、宗慶後氏が保有していた娃哈哈株29.4%の所有権確認訴訟を提起しており、この株式の価値は約200億元(約4150億円)にのぼると推定されている。
香港裁判所は、彼らの親子関係を確認するため、宗継昌氏の1989年杭州市出生証明書を証拠として受理し、浙江省第一病院に保管されていた宗慶後氏の血液サンプルを用いたDNA鑑定を進めている。同時に、娃哈哈の元財務幹部に対する証人召喚申請も行われ、口座からの資金引き出しが違法であったかどうかが争点の一つとなっている。最終判決は、DNA鑑定の結果が出る2カ月後に出る予定であり、その動向が注目されている。
「家族文化」の虚構と中国民間企業の継承課題
今回の宗慶後氏の遺産訴訟は、娃哈哈が長年強調してきた「家族文化」という企業イメージの虚構を露呈させた。製品パッケージには今も宗慶後氏の直筆による「家」という文字が印刷されているにもかかわらず、現実では家族同士の法廷闘争で泥沼化している状況だ。遺産争いの結果次第では、娃哈哈の支配構造そのものが揺らぐ可能性も指摘されている。現在、娃哈哈は国有持株、従業員持株、そして宗馥莉氏による三者体制で経営されているが、3人の婚外子が訴訟に勝訴すれば、持ち株がさらに分割され、より複雑な経営権争いへと発展する恐れがある。
中国の経済発展を牽引してきた「第一世代の企業家」と呼ばれる宗慶後氏による今回の遺産騒動は、単なる一家族内の対立を超え、中国の民間企業における世代交代と家族承継のあり方を根本から問い直す象徴的な事件として、その記録に残る見通しである。これは、多くの中国企業が今後直面するであろう後継者問題の深刻さと、透明性のある企業統治の重要性を浮き彫りにしている。