「次期戦闘機の政治史」から読み解く:日本の防衛戦略と国際情勢の変遷

国家の安全保障において、戦闘機開発は最重要課題の一つです。しかし、そのプロセスは単なる軍事技術開発に留まらず、国際情勢、国内政治、そして経済的利益といった多岐にわたる要因に翻弄されてきました。本稿では、兼原信克氏による書評から、増田剛氏の著書『次期戦闘機の政治史: 選定過程にみる日米欧の攻防』のエッセンスを抽出し、日本の次期戦闘機選定がいかに複雑な歴史を辿ってきたかを深く掘り下げます。特に、日英伊共同開発へと進むF-3プロジェクトに至るまでの道のり、日米共同開発となったF-2、そして導入が見送られたF-22、大量購入に至ったF-35の経緯を、広範な視点から考察します。

F-2共同開発の背景:日米経済摩擦と冷戦下の苦渋の選択

1980年代、日本のバブル経済は絶頂期にあり、日米間では激しい経済摩擦が繰り広げられていました。同時に、ソ連のアフガン侵攻をきっかけにデタント(緊張緩和)が終わりを告げ、新冷戦に突入するなど、日本の安全保障環境は厳しさを増していました。米国は、安全保障面では日本が依存しつつも、経済面では強硬な姿勢を取る日本の戦略的方向性を強く疑っていました。巨額の貿易赤字もその不信感を増幅させる要因でした。このような状況下で、米国は次期支援戦闘機F-2の日米共同開発に強く固執し、その通りに決定が下されました。

次期戦闘機F-3(仮称)のイメージ図:日本の防衛戦略を担う未来の航空機次期戦闘機F-3(仮称)のイメージ図:日本の防衛戦略を担う未来の航空機

しかし、この共同開発は日本に大きな課題を残しました。日本が虎の子の複合材一体成型技術やアクティブ・フェイズド・アレイ・レーダーといった革新的な技術を提供したにもかかわらず、米国は最高機密であるフライト・ソースコードの開示を拒否しました。これは、同盟国でありながら貿易戦争を仕掛けてくる日本への不信感が根底にあったとされます。F-2共同開発のベースに選ばれたF-16は、単発エンジンで機体も小型であり、改良の余地(拡張性)が限られていたため、日本の多くの防衛技術者を落胆させました。この経験が、その後の国産戦闘機、すなわち次期戦闘機F-3への強い執念へと繋がっていくことになります。

国産戦闘機への情熱とF-22導入の挫折

戦後、日本には根強い反米平和主義の風潮があり、日本の防衛技官たちは終始「村八分」のような状態に置かれていました。年間10兆円にも及ぶ科学技術予算は、防衛省にはほとんど流れ込まなかったのです。しかし、彼らはかつて米英海軍を震撼させた零戦を生み出した技術者たちの末裔であり、国産戦闘機への情熱を決して絶やすことはありませんでした。

『次期戦闘機の政治史: 選定過程にみる日米欧の攻防』の書籍表紙:増田剛著『次期戦闘機の政治史: 選定過程にみる日米欧の攻防』の書籍表紙:増田剛著

一時、世界最高峰とされる米国製ステルス戦闘機F-22の導入が浮上しました。しかし、米国政府自身が、ソ連の脅威が薄れ対テロ戦争に注力する中で、高価なF-22の大量生産に後ろ向きでした。特にオバマ大統領やゲーツ国防長官は、日本からのF-22購入打診をにべもなく断りました。当時はまだ米中対立が表面化しておらず、日本へのF-22売却が中国を刺激することを懸念していた節があります。この判断は、日本の防衛力近代化の道を再び複雑なものとしました。

国際情勢の激変とF-3共同開発への道

現在、国際環境は劇的に変化しました。ロシアのプーチン大統領はウクライナに侵攻し、中国は対米大国間競争で牙を剥き出し、中露両国が結託し始めています。日本はかつての対米貿易戦争を止め、米国にとって最大の対米投資国家へと変貌を遂げました。東アジアでは台湾有事の可能性も現実味を帯びています。このような情勢の中、米国は日本の防衛力の飛躍的な向上を強く望むようになりました。

このような劇的な国際情勢の変化、そして日本の経済・外交的立ち位置の変化が重なり、長年の日本の悲願であった次期戦闘機「F-3」の、日英伊共同開発という新たな道が開かれようとしているのです。このプロジェクトは、単なる兵器開発を超え、変化する世界における日本の防衛戦略と国際協力の新たな形を示すものと言えるでしょう。

まとめ

日本の次期戦闘機開発の歴史は、地政学的圧力、経済的利害、そして技術者たちの不屈の情熱が複雑に絡み合った物語です。F-2の日米共同開発における教訓、F-22導入の挫折、そして現在の国際情勢の激変が、日英伊共同開発によるF-3プロジェクトへと繋がりました。この書籍は、日本の防衛政策の深層を理解し、国際情勢と軍事技術のダイナミクスを読み解く上で非常に貴重な洞察を提供しています。日本の安全保障と防衛技術の未来に関心のある方には、ぜひご一読をお勧めします。


参考文献

  • 増田剛 著, 『次期戦闘機の政治史: 選定過程にみる日米欧の攻防』, 千倉書房
  • 兼原信克, 「「次期戦闘機の政治史」書評」, Yahoo!ニュース / Book Bang, 2025年7月17日掲載
  • 兼原信克:元国家安全保障局次長 笹川平和財団常務理事
    • 著書に『日本人のための安全保障入門』等
  • 協力: 新潮社, 週刊新潮 Book Bang編集部