カンボジアを拠点とした特殊詐欺に加担したとして、最近、日本人29人が日本へ移送され逮捕されました。彼らは警察官を名乗り、偽の電話で現金をだまし取ろうとした実行役、いわゆる「かけ子」です。タイ国境に広がるカンボジア北西部の街ポイペトは、かつてカジノの街として知られていましたが、今や特殊詐欺の温床と化しています。今回の摘発は、この地域にはびこる特殊詐欺の根深い問題、そしてその背後にあるとされる権力中枢とのつながりを浮き彫りにしています。
カンボジアから移送され、逮捕された特殊詐欺の「かけ子」とされる日本人容疑者たち
詐欺拠点の「園区」と日本人「かけ子」の実態
今回の摘発は、拠点で詐欺を強制されていた21歳の日本人男性が保護されたことがきっかけでした。彼が働かされていた場所は「園区(パーク)」と呼ばれ、高い塀と有刺鉄線に囲まれ、厳重な警備によって外部との接触が厳しく制限されていました。この男性の証言に基づきカンボジア警察が捜索に入り、29人の日本人が発見されたのです。カンボジア国内には、このような「園区」が少なくとも53カ所存在すると見られています。
実際にカンボジアの詐欺拠点で「かけ子」として働いていた30代の日本人男性は、その実態を次のように語っています。「まず自動音声の電話をかけさせ、その後、警察官役が対応する。かけ子はチームを組み、『下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる』という戦法で数をこなす」と。彼らには厳しいノルマが課せられ、達成できない場合は暴力が待っていたといいます。組織の頂点には「先生」と呼ばれる中国系マフィアの人物がおり、通訳を通じて指示が出されていたと証言しています。
巨大な闇を支える構造:『一帯一路』と権力中枢の癒着
カンボジア国内で圧倒的な影響力を持つ中国系マフィアにとって、日本人はあくまでも使い捨ての道具に過ぎません。こうした特殊詐欺がはびこる背景には、中国の巨大経済圏構想『一帯一路』が深く関わっています。この構想による巨額の投資によってカジノが乱立し、その隙間に組織犯罪が入り込む温床が形成されました。
元「かけ子」の男性は、「カンボジアでは賄賂が横行しており、多額の金を積んでいる組織は摘発されない」と指摘しています。摘発されたポイペトの組織は、賄賂を渡していたものの規模が小さかったり、組織内で裏切り者が出たりしたという話も聞かれたそうです。カンボジアでは10万人から15万人もの人々が詐欺に関与しているとみられ、集められた金は年間最大2兆7000億円に上ると推計されています。この巨大な詐欺システムを支えているのは、詐欺グループとカンボジアの権力中枢との密接な結びつきです。
ポイペトの「ゴッドファーザー」と政財界の関与
その象徴とも言えるのが、ポイペトの「ゴッドファーザー」と呼ばれるコック・アン氏です。彼は事実上の最高権力者であるフン・セン前首相の側近であり、華僑系の財閥を率いる大物実業家です。しかし、その裏では、詐欺グループとの密接な関係が長年ささやかれてきました。ポイペト市内にあるアン氏が経営するカジノリゾートも、詐欺拠点の一つとして疑われています。
実際にアン氏が所有するビルで働かされていたという32歳のタイ人男性、サラ―ウット・パーラーさんの証言も得られています。彼は「仕事を紹介する」とバンコクの広場で声をかけられ、車でポイペトの25階建てのビルに連れて行かれたといいます。彼の仕事は、自身名義で作成された詐欺用の口座にスマートフォンの顔認証でログインすることでした。サラ―ウット氏は建物の所有者を知らないとしましたが、その背後にはアン氏の存在が強く示唆されています。今年5月、イギリスの調査会社の報告書は、特殊詐欺に関与している政財界の要人がアン氏一人に留まらず、少なくとも28人に上るという衝撃的な実態を突きつけました。
タイの断固たる取り締まりと国際連携の重要性
隣国タイは、自国民を狙った特殊詐欺の取り締まりを本格化させています。先月、タイ警察はアン氏の関係先少なくとも26カ所を一斉捜索し、日本円で約50億円相当の資産を押収しました。さらに、アン氏本人とその3人の子どもに逮捕状を発行しています。
タイの支援団体であるジンマンカ氏は、8月13日に「アン氏は人身売買も特殊詐欺も知っていて、組織を支援している。拠点ではありとあらゆる犯罪が起きており、彼が関与していないなんて絶対にありえない」と述べ、アン氏の深い関与を非難しました。カンボジアを拠点とする特殊詐欺は、その規模と権力との癒着から一掃が非常に困難な状況にあります。このような国際的な犯罪組織に対抗するためには、タイが示しているような強力な取り締まりに加え、日本を含む関係各国のさらなる国際連携が不可欠です。
カンボジアにおける特殊詐欺は、単なる犯罪行為に留まらず、現地の権力構造と深く結びついた国際的な問題として認識されています。この闇を根絶するためには、関係各国の警察、政府、そして国際機関が連携し、強力な対策を講じていくことが求められます。