地球温暖化の進行は、世界の主要都市の動脈である地下鉄システムに未曾有の課題を突きつけています。かつては地上の混乱から人々を守る避難場所であった地下鉄は、猛暑や豪雨といった気候変動の直撃を受け、いまや危険地帯と化す兆候を見せています。特に、ロンドンやニューヨークといった歴史ある都市の地下鉄は、現代の気象条件を想定していない設計のため、その脆弱性が顕在化しつつあります。
世界の主要都市が直面する地下鉄の危機
英国ロンドンの地下鉄「アンダーグラウンド(チューブ)」は、ビクトリア女王時代に建設され、現在もその多くの区間(約60%)にエアコンがありません。粘土質の地層に熱が閉じ込められるため、夏場の深い路線では地獄のような暑さとなり、線路の歪みや健康被害のリスクが高まっています。ロンドン交通局のリリ・マトソン氏は、「深い場所を走る路線のエアコンは大きな課題であり、トンネル換気設備がない場合もあるため、ファンやスーパーファンといった斬新な手段で熱を減らしている」と現状を打ち明けています。
ロンドンの地下鉄ホームで携帯扇風機を使う通勤客。夏の猛暑が公共交通機関に与える影響を示す象徴的な光景。
一方、1904年以来24時間運行を続けてきた米ニューヨーク市の地下鉄も、気候変動の猛威にさらされています。大型ハリケーン「サンディ」の直撃でトンネルが浸水したことをきっかけに、巨大な空気注入式プラグのような浸水防止システムが開発されましたが、ゲリラ豪雨のような突発的な事態には対応が困難です。さらに、60年以上前の排水ポンプが稼働しており、老朽化したインフラの更新が急務となっています。ニューヨーク市都市交通局のエリック・ウィルソン氏は、東京やパリも同様の豪雨を経験していると指摘し、最先端の地下鉄でさえ設計の限界が試されている現状を訴えます。
ニューヨークの地下鉄駅構内に滝のように流れ込む雨水。都市型水害とインフラの脆弱性を鮮明に示す。
過去には、2021年7月に中国・鄭州を襲った猛烈な豪雨で、開業から10年足らずの地下鉄車両が浸水し、14人の命が失われるという悲劇も発生しました。これは、現代の地下鉄が気象災害に対してどれほど脆弱であるかを示す痛ましい事例です。
地下インフラを超えた持続可能な都市戦略
専門家たちは、地下鉄で顕在化しているこれらの問題は、より大きな都市全体の課題の前兆に過ぎないと考えています。都市が建設された時代とは異なる気象条件に適応するためには、地下インフラの改修だけでなく、地上の環境改善が不可欠です。ロンドン交通局のマトソン氏が言うように、「都市を緑化し、熱に耐えられるようにすること」が重要な対策となります。具体的には、植樹を増やし、持続可能な都市排水システム、つまり表面緑化を推進することで、首都の気温を下げ、交通網の機能を維持することが目指されます。
米環境保護団体ネイチャー・コンサーバンシーのビル・ウルフェルダー氏によると、都市の3分の2はセメントやアスファルトなどの不透水性素材でできており、私有地が広大な面積を占めている現状があります。このため、私有地の活用が都市のレジリエンスを高める鍵となります。ニューヨーク市ブルックリン区にあるグリーンウッド墓地は、ネイチャー・コンサーバンシーの協力のもと、アスファルト舗装を水はけの良い敷石に替え、地下貯水施設と雨水管理システムを導入しました。墓地管理会社のジョー・チャラプ氏は、「私有地であっても、フェンスで囲まれていても、私たちはこの社会の一員だ」と述べ、私有空間の積極的な活用を訴えています。
結論
世界の地下鉄システムが気候変動の新たな局面を乗り越えるためには、単なる技術的な改修に留まらず、都市全体の視点から、緑化推進や効果的な水管理といった持続可能な都市戦略を統合的に推進することが不可欠です。公共交通機関の安全性と信頼性を確保し続けるためには、政府、専門家、そして市民が一体となって、未来を見据えた対策を講じる必要があります。
参照元
Source link: https://news.yahoo.co.jp/articles/53c7eef221810669cddf409a523a9e77861c99e1