ネット誹謗中傷との戦い:岡秀昭教授が語る「泣き寝入り」を強いられる被害者の現実と費用・時間の壁

X(旧:Twitter)上で新型コロナウイルス禍における医療現場の状況や感染対策に関する情報発信を続ける中、無数の誹謗中傷に晒されてきた埼玉医科大学総合医療センターの岡秀昭教授(50)。彼は「不毛な誹謗中傷との戦いを有毛に変える」と宣言し、誹謗中傷の投稿者たちを訴え、彼らからの慰謝料を増毛費用に充てたことで注目を集めている。本稿では、岡教授が直面したネットリンチの恐怖、発信者情報開示請求や訴訟手続きの現実、そして日本の法制度が抱える課題について、詳細に迫る。(本記事は前編に続く)

ネット上の誹謗中傷、警察の「自衛を」という壁

SNS上での誹謗中傷や殺害予告にもかかわらず、警察からは「自衛してください」と突き放されたという岡教授。具体的に何をすれば良いのかと尋ねると、「Xのアカウントを削除するか、それが嫌なら匿名で活動してください」との返答だった。「もっと重い患者を診ていて忙しいから、あなたは治療しません」と医師が言えば大問題になるのと同様に、この対応には強い憤りを感じたという。実際、警察が動くのは被害者が加害者を特定した後であり、匿名アカウントによる誹謗中傷の場合、加害者を突き止めるための「発信者情報開示請求」は警察が行ってくれない。被害者は自ら弁護士を立て、多額の費用をかけて加害者を特定しなければ、刑事事件にすら発展しないという、日本の法制度の不備が浮き彫りになった。

発信者情報開示請求と訴訟の現実:高額な費用と時間の壁

誹謗中傷の加害者を特定し、法的措置を取るためには、金銭的にも時間的にも大きな負担が伴う。まず、X社などのプロバイダに対して情報開示を求める裁判を起こすだけで、弁護士への着手金と成功報酬で数十万円が必要となる。この手続きで開示されるのは、IPアドレスや電話番号、メールアドレスといった情報に過ぎず、そこからさらに携帯電話会社などに照会をかけ、ようやく個人の特定に至る。

1人の加害者を特定し、損害賠償請求の裁判に持ち込むまでには、順調に進んでも1年近くの期間を要する。そして、その費用は1人あたり80万円から100万円近くにも上るのが現状だ。

侮辱罪の慰謝料相場と「泣き寝入り」の構造

多大な費用と時間をかけて加害者を特定し、損害賠償を請求できたとしても、得られる慰謝料は決して高額ではない。侮辱罪の場合、1投稿あたり10万円から20万円程度が相場とされている。これでは弁護士費用を差し引けば完全に赤字となり、被害者が経済的に損をする結果となる。この構造が、多くの誹謗中傷被害者が「泣き寝入り」せざるを得ない原因となっている。普通の人が、1回や2回の誹謗中傷で訴訟を起こそうと思っても、金銭的に到底無理なのだ。

誹謗中傷と戦い「有毛」を宣言した岡秀昭教授。ネットリンチの恐怖と発信者情報開示請求の実態を語る。誹謗中傷と戦い「有毛」を宣言した岡秀昭教授。ネットリンチの恐怖と発信者情報開示請求の実態を語る。

岡教授の戦い:膨大な被害を訴訟費用に、そして「有毛」へ

しかし、岡教授の場合は例外的な状況だった。幸いにして、あるいは不幸中の幸いと言うべきか、被害が膨大だったため、一度に10件、20件とまとめて発信者情報開示請求を行うことができた。これにより弁護士費用を規模の経済で抑えることが可能となり、現在のところ収支はトントンか、わずかに赤字が出る程度だという。岡教授は、この活動を「儲けるためにやっているわけではない」と強調する。彼の目的は、この不条理なシステムに一石を投じ、他の被害者が泣き寝入りすることのないよう、社会に問題を提起することにある。彼の「有毛」への変身は、単なる個人的な変化に留まらず、ネットリンチに屈しない強い意志と、理不尽と戦い続けることの象徴となっている。

結論

岡秀昭教授の事例は、日本のネット誹謗中傷問題が抱える根深い課題を浮き彫りにしている。警察の介入不足、高額な法的費用、そして被害に見合わない慰謝料という三重苦は、多くの被害者を「泣き寝入り」へと追い込んでいる。岡教授の戦いは、個人の復讐心からではなく、現行システムの不備に対する問題提起であり、これからのネット社会における誹謗中傷対策を考える上で極めて重要な意味を持つ。彼の行動が、より公正で安全なオンライン環境を構築するための議論を加速させることに期待したい。

参考文献