阪神・淡路から30年:能登半島地震が問う、日本の地震対策と「想定外」の課題

1995年の阪神・淡路大震災から今年で30年の節目を迎えます。かつて日本では、大規模地震による火災対策が最重要視されていましたが、阪神・淡路は、地震そのものによる直接的な都市機能の破壊と大量死という「想定外」の事態を突きつけました。その後の検証で多くの教訓が得られたにもかかわらず、各地で地震が多発するたび「想定外」という言葉が繰り返されています。東日本大震災を経て、現在太平洋ベルト地帯では「国難」とも称される南海トラフ巨大地震への備えが急ピッチで進められていますが、果たしてその被害想定や対策は実効性があるのでしょうか。昨年1月に発生した能登半島地震を振り返り、日本の防災が抱える根深い課題を検証します。

1995年の阪神・淡路大震災で倒壊した神戸市のビル。当時の「想定外」の被害を象徴する光景1995年の阪神・淡路大震災で倒壊した神戸市のビル。当時の「想定外」の被害を象徴する光景

能登半島地震が浮き彫りにした「想定外」と専門家の警鐘

能登半島地震の直後、被災地入りした神戸大学の室崎益輝名誉教授(防災計画)は、石川県輪島市などの壊滅的な被害を目の当たりにし、「あらゆるものが壊れているのに驚いた。単位面積当たりの地震の強度・被害は阪神・淡路をはるかに上回る」と述べました。室崎名誉教授は、阪神・淡路大震災の際、被災地・神戸市の地域防災計画における被害想定作成を主導した専門家であり、当時の震度5強という想定が現実の震度7を下回り、批判にさらされた経験を持っています。

その経験を踏まえ、長年各地で行政委員などを歴任し、石川県の災害危機管理アドバイザーも務めていた室崎名誉教授は、20年以上にわたり地震の想定見直しを行ってこなかった石川県の現状に対し、「もっと県とコミュニケーションをとり、見直しを強く勧めるべきだった」と率直に反省の弁を述べました。同時に、能登半島地震が示す破壊力に対し、今後の日本の地震対策について「耐震化が急務」としながらも、「これほどの壊れ方をしたら、今後どのように備えればいいか分からない」と、この国の地震防災のあり方そのものへの深い不安を吐露しています。

課題を直視し、実効性ある防災への転換を

能登半島地震は、阪神・淡路大震災の教訓から導かれた「想定」を再び超える、未曽有の破壊力と広範な被害をもたらしました。専門家が「どのように備えればいいか分からない」とまで語る現状は、南海トラフ巨大地震をはじめとする将来の大規模地震への備えにおいて、従来の地域防災計画や地震被害想定の見直し、そして「想定外」を前提としたより柔軟で強靭な地震対策が不可欠であることを強く示唆しています。日本の地震防災は、この深刻な課題を直視し、実効性ある対策へと転換する喫緊の時を迎えています。

参考文献