南シナ海に面するフィリピン西部スービック湾において、米国による弾薬の製造・貯蔵拠点の建設計画が浮上し、地域の地政学的な緊張が高まっています。この動きは、覇権的な行動を強める中国を牽制し、インド太平洋地域における米国の前線防衛能力を強化する狙いがあります。フィリピン政府は、自国の防衛力強化と経済発展に繋がるとして計画を歓迎する姿勢を示していますが、中国からの強い反発が予想されるほか、フィリピン国内からは拠点が攻撃の標的となる可能性への懸念の声も上がっています。
米議会が推進する対中戦略の中核
米国による弾薬製造・貯蔵拠点の建設計画は、米国の対中戦略における重要な一環として推進されています。今年7月22日、米ホワイトハウスでの会談で、ドナルド・トランプ米大統領(当時、記事中の日付に基づく)はフェルディナンド・マルコス比大統領に対し、「どの国も持っていなかったほどの弾薬が手に入るだろう」と述べ、この製造拠点の戦略的意義を強調しました。マルコス大統領もこれに応じ、「フィリピンの自立に向けた支援だ」として計画を高く評価しました。
この建設計画は、6月に発表された米下院歳出委員会の報告書で具体的に言及され、実現への機運が一層高まりました。報告書は、「インド太平洋地域に前線で弾薬を製造する施設がないこと」に深い懸念を示しており、米国防総省に対し、実現可能性に関する詳細な調査を求めています。計画の概要としては、弾薬の共同生産に加え、関連資材の保管施設を整備することが含まれており、米比同盟の深化を象徴する動きと言えます。
トランプ大統領とマルコス比大統領、米ホワイトハウスでの会談で戦略的同盟を強調
スービック湾の歴史的背景と政策転換
スービック湾は、かつてアジア最大規模の米軍基地であるスービック海軍基地が置かれていた歴史的な戦略拠点です。しかし、冷戦終結後の1991年、フィリピン上院が米軍の駐留継続を拒否したことにより、翌1992年に米軍は撤退しました。この「力の空白」に乗じる形で、中国が南シナ海への進出を強めたという経緯があり、スービック湾は経済特区として発展を遂げながらも、地域の安全保障上の重要性を保ち続けてきました。
2022年6月に就任したマルコス大統領は、ロドリゴ・ドゥテルテ前大統領の親中路線から明確に転換し、対米関係の強化を進めています。その一環として、米軍がフィリピン国内で利用可能な拠点の数を4か所増やし、計9か所とするなど、軍事協力が深まっています。しかし、これまでの米軍の駐留は主に巡回訓練に留まっており、今回の弾薬製造拠点の建設は、フィリピン英字紙フィリピン・スターが指摘するように、「重大な転換点」として、米比間の防衛協力が新たな段階に入ったことを示唆しています。
フィリピンの期待と国内の懸念
フィリピン政府は、この弾薬製造拠点建設によって、単なる防衛力の強化だけでなく、自国の防衛産業の発展と雇用創出にも大きな期待を寄せています。マルコス大統領は昨年10月、防衛装備品の国産化と防衛産業の育成を目的とする「自立防衛体制法案」に署名しており、今回の拠点建設も、この法案に基づく取り組みの一環であると強く訴えています。ギルベルト・テオドロ比国防相も、「約200~300人の高度な技術者が雇用され、関連する『裾野産業』も発展するだろう」と具体的な経済効果を予測し、計画を積極的に歓迎しています。
一方で、国内からはこの計画が新たな懸念も生み出しています。南シナ海における中国との緊張が高まる中、米国の戦略的な弾薬拠点が設置されることで、万が一の事態にはフィリピンが攻撃対象となる可能性も指摘されており、国民の間には安全保障上のリスクに対する慎重な見方も広がっています。防衛力強化と地域の安定に貢献する可能性を秘める一方で、地政学的リスクの増大という側面も持ち合わせているのが現状です。
参考文献
- 米下院歳出委員会の報告書 (2023年6月)
- フィリピン英字紙フィリピン・スター
- Yahoo!ニュース: 南シナ海に米弾薬拠点、比が歓迎も「攻撃対象に」懸念…中国にらみ前線強化へ (2025年9月7日)