NHKスペシャル「シミュレーション」は史実を歪曲か?元外交官・飯村豊氏が激怒した「祖父の描写」

今年8月、NHKで放映された特別番組『シミュレーション〜昭和16年夏の敗戦〜』が、歴史認識を巡る激しい議論を巻き起こしています。元外交官で国際政治アナリストの飯村豊氏は、NHKが日本の最も権威あるドキュメンタリー番組枠で「エンタメドラマ」を放映し、史実を歪曲したことに強い憤りを示しています。特に問題視されているのは、飯村氏の祖父である陸軍中将・飯村穣の描写が、事実と正反対に描かれていた点です。この問題提起は、「歴史を描く際に越えてはならない一線があるのではないか」という重い問いを投げかけています。

問題作「シミュレーション〜昭和16年夏の敗戦〜」の概要

今回議論の的となっているのは、8月16日と17日の二夜にわたってNHKで放送されたドラマ『シミュレーション〜昭和16年夏の敗戦〜』です。このドラマは、猪瀬直樹氏のノンフィクション『昭和16年夏の敗戦』を原案としています。物語は、太平洋戦争開戦のおよそ5カ月前にあたる1941年、総力戦研究所に集められた日本の若きエリートたちが、日米戦争の机上演習を行う過程を描いています。彼らは「必敗」という結論を導き出しましたが、この報告は当時の政府や軍のトップ(東條英機陸相や近衛文麿首相ら)に提出されたにもかかわらず、その後の日本の針路を変えることはなく、日本は太平洋戦争へと突き進んでいきました。

NHKスペシャル「シミュレーション」で描かれた、日米戦争の机上演習を行う総力戦研究所のメンバーたちNHKスペシャル「シミュレーション」で描かれた、日米戦争の机上演習を行う総力戦研究所のメンバーたち

飯村穣陸軍中将、史実と異なる人物像

飯村豊氏がこのドラマで最も問題視しているのは、総力戦研究所の所長を務めていた自身の祖父、陸軍中将・飯村穣(1888〜1976)の描かれ方です。ドラマでは所長が「板倉大道」という架空の人物として登場しますが、その描写は史実とは全く異なると飯村氏は指摘しています。ドラマの中の所長は、アメリカとの戦争準備を進める政府や軍にとって都合の悪い机上演習の結果が出ないよう、若きエリートたちにあの手この手で圧力をかけ、妨害する人物として描かれています。しかし、実際にはそのような事実はなく、飯村穣は研究所内で自由闊達な議論が行われるよう努めていたとされています。

元外交官で国際政治アナリストの飯村豊氏、NHKスペシャル「シミュレーション」での歴史描写に憤慨元外交官で国際政治アナリストの飯村豊氏、NHKスペシャル「シミュレーション」での歴史描写に憤慨

NHKへの抗議と「小手先の対応」

ドラマの内容が放映の約1カ月前に判明した際、飯村氏は直ちにNHKに抗議しました。制作担当者との数回の交渉を経て、番組冒頭に「これは『昭和16年夏の敗戦』(猪瀬直樹著)を原案に創作を加えたドラマです 総力戦研究所の所長および関係者はフィクションとして描かれています」というテロップが追加されるなどの措置が取られました。しかし、飯村氏はこのNHKの対応について、「ご覧になった方は『いったいこのドラマは何なんだ。史実なのかフィクションなのか』と混乱されたのではないかと思います」「ドラマそのものが変わらないのでは、小手先の対応と言うほかありません」と語り、本質的な解決には至っていないとの認識を示しています。

結び

歴史を描くメディアの責任と、史実とフィクションの境界線は、常にデリケートな問題です。特に、国民の記憶に深く刻まれるであろう「NHKスペシャル」のような権威ある番組において、史実の歪曲は看過できない問題と言えるでしょう。飯村豊氏によるNHKとの緊迫したやりとり、そして「歴史の伝え方」をめぐるこの重要な問題提起は、「文藝春秋」10月号およびウェブメディア「文藝春秋PLUS」に詳細が掲載されています。メディアが歴史をいかに誠実に伝えるべきか、改めて考えさせられる事例です。

参考文献