世界情勢が激動する中、日本は今、戦後秩序が崩壊しつつあるという最大の危機に直面しています。国際基督教大学の政治・国際関係学教授であるスティーブン・ナギ氏は、この状況を「囚人のジレンマ」と表現し、日本が米中の覇権争いの激化の中で「針の穴を通すような精密な外交術」を要求されていると指摘します。しかし、日本の長所を生かした戦略でこの困難を乗り越えることは可能であると提言しています。
信頼できない同盟国アメリカと「アメリカ・ファースト」の加速
長年、日本の安全保障と繁栄の柱であったアメリカは、もはや予測不可能な存在へと変化しました。ドナルド・J・トランプ大統領の「トランプ2.0」政権が推進する「アメリカ・ファースト」政策は、同盟の価値そのものに疑問を投げかけています。これは一過性の政策転換ではなく、冷戦終結後に「世界の警察官」としての役割に疲弊し、国内問題への集中を求めるアメリカ社会に深く根差した長期的な潮流の一部です。例えば、貿易における保護主義的政策は、トランプ政権以前のオバマ政権時代から受け継がれてきたものであり、トランプ大統領によって加速されたに過ぎません。
2016年、アメリカの外交政策に大きな影響を与えたドナルド・トランプ大統領
従属を迫る経済大国中国と「中華思想」の拡大
一方で、日本最大の貿易相手国である中国は、地域覇権の追求を積極化させています。習近平政権が目指すのは、周辺諸国に対し従属を要求する「中華思想」に基づく秩序の構築です。これは、1945年以来、日本が直面する最も複雑かつ困難な課題と言えるでしょう。
イタリアの思想家アントニオ・グラムシが「権力の空白期(インターレグナム)」と呼んだ現象が、まさに今、世界で起きています。古い国際秩序は終わりを告げようとしているものの、それに代わる新しい秩序はまだ確立されていません。この不安定な過渡期を私たちは生きているのです。70年間国際関係を支配してきたルールや規範、権力構造が溶解しつつある中で、その代替となるものは依然として不透明です。特に、アメリカの安全保障の枠組みと中国の経済ネットワークの両方に深く統合されている日本にとって、この不確実性は極めて深刻な意味を持っています。
東アジアの「囚人」日本:二股外交の限界と選択の時
合理的な選択を迫られている日本は、まさに「囚人のジレンマ」に陥っています。米中という二つの巨大な勢力の間でバランスを取り続けることは、両国の覇権争いが激化する中で、極めて精密な外交術を要求される綱渡りにも似ています。
もし日本がアメリカとの同盟に全面的に傾倒したとして、そのアメリカが同盟から撤退するような事態になれば、日本は孤立のリスクに直面します。トランプ政権の予測不可能性を考慮すれば、これは決して杞憂ではありません。逆に、中国が攻撃的な行動を続ける中でその意のままに動けば、日本は従属国家となり、経済的利益と引き換えに政治的独立を失う可能性があります。
これまで、アメリカとの強固な安全保障関係と中国との深い経済関係のバランスを取るという現状維持の戦略は、米中間の戦略的競争が激化する中で維持がますます困難になっています。日本は米中対立の板挟みとなり、これまでの「いいとこ取り」戦略が通用しなくなり、どちらかを選ばざるを得ない状況に追い込まれつつあります。