エバース漫才の炎上、女性寿司職人への偏見:『笑点』での発言が波紋を呼ぶ

2024年10月19日に放送された日本テレビ系の人気番組『笑点』に、お笑いコンビ・エバースが初登場し、披露した漫才が思わぬ波紋を呼んでいます。昨年『M-1グランプリ2024』で4位となり、その実力と独特の空気感で注目を集めていた彼らが、なぜこのような騒動に巻き込まれたのでしょうか。今回の炎上は、単なる芸能ゴシップに留まらず、社会に残る根深い偏見やメディアの責任について深く考えさせるきっかけとなっています。

日本テレビ社屋の全景。番組『笑点』の放送局であり、お笑いコンビ・エバースの漫才が女性寿司職人への偏見として波紋を呼んだ舞台となった。日本テレビ社屋の全景。番組『笑点』の放送局であり、お笑いコンビ・エバースの漫才が女性寿司職人への偏見として波紋を呼んだ舞台となった。

『笑点』で波紋を呼んだエバースの漫才ネタ

問題となった漫才は、ボケ担当の佐々木隆史さんが女性から好きな食べ物を聞かれて答えられなかったという流れから始まりました。これに対し、ツッコミ担当の町田和樹さんが「俺だったら回らない寿司」と回答。さらに町田さんは、「板前さんってほとんど男性しかいないじゃん。なんで女性いないか知ってる?」と観客に問いかけ、その答えとして「女性は体温が高いから寿司を握ると温かくなっちゃう。だから男性の板前しかいない」と説明しました。この説明には観客から「へぇ」という声も上がったと報じられています。漫才のオチは、町田さんが好きだという広瀬すずさんの話題になり、「広瀬すずちゃんが握った場合は温かい方がいい」という内容で締めくくられました。この一連のネタが、後に大きな議論を巻き起こすことになります。

「女性は体温が高い」説への漫画家からの異論

エバースの寿司に関する漫才ネタに、真っ先に異を唱えたのは、人気漫画『バンビ〜ノ!』などで知られる漫画家のせきやてつじ氏でした。せきや氏は自身のX(旧Twitter)で、「『エバース』と言うコンビの町田和樹氏が『女性は体温が高いから寿司職人になれない』と発言されてましたが、それは昔の偏見です。日本には沢山の女性寿司職人が今日も寿司を握っております。地上波放送でこのような偏見が流れた事にとても残念な気持ちでいます」と投稿しました。せきや氏は、過去に寿司職人をテーマにした漫画を執筆する際、多くの女性寿司職人を取材した経験があり、「昔の偏見が今も定説のように語られてしまう事が、ただ、悲しいです」ともつづっています。

このせきや氏の投稿は多くのリポストと「いいね」を獲得し、瞬く間に拡散されました。これに呼応するように、他のユーザーからも「寿司屋の板前、女性は体温が高いから、というネタは訂正したほうがいい」「いまどきこんなこといって問題ないのかと思いました。なぜ編集でカットしないのか」といった批判的な意見が相次ぎ、波紋が広がっています。一方で、「TVerで見ましたけど『なれない』なんて一言も言ってないですよ」といった擁護意見も一部で見られましたが、全体としては漫才の内容が誤解を生み、不適切であるという認識が広まったことは確かです。

専門家が指摘する「女性寿司職人」俗説の根拠

この「女性は体温が高いから寿司職人にはなれない」という説について、スポーツ紙記者は「今や女性の寿司職人も増えており、女性は体温が高いという話自体が根拠のない俗説といわれています」と解説しています。医学的にも、男性と女性の間で平均体温に顕著な差があるという確固たる科学的根拠はなく、むしろ個人差の方が大きいとされています。ましてや、寿司を握る際にネタの鮮度や味に影響を与えるほどの体温差があるという見解は、現代では完全に否定されています。実際、国内外で多くの女性寿司職人が活躍しており、その技術や感性は高く評価されています。この俗説は、長らく寿司職人の世界が男性優位であった時代に生まれた、ジェンダーに基づく偏見の一つであると考えられています。

「美味しんぼ」が描いた偏見との闘い

この「女性は体温が高いから寿司を握れない」という俗説は、日本の社会に深く根付いていたことが、人気グルメ漫画『美味しんぼ』の中でも描かれています。同作の「女の華」という回では、女性の職人が寿司を握る店を舞台に、ある歌舞伎俳優が「女は体温が高い。温かい手でナマモノをいじられたら味が変わる」と露骨な偏見を口にする場面が登場します。しかし、同席していた編集者の女性は「女って冷え性なんですよ。手が男の人より温かい女の人なんて聞いたことないわ」と真っ向から反論。さらに、主人公の山岡士郎からも「封建的な男尊卑女の考えが女を料理人の世界から締め出しているに過ぎない」と、この俗説が単なる迷信ではなく、構造的な性差別であることを指摘する力強い反論が展開されています。約30年以上前の作品で既にこのような議論がなされていたことは、現代において同様の偏見が公共の電波で流れたことの深刻さを浮き彫りにしています。

人気番組での披露が意図せぬ炎上を招いた背景

エバースの漫才自体は、彼らの定番ネタの一つであったとされています。漫才のオチとなる芸能人の名前が、かつては「永野芽郁」だった点が「広瀬すず」に変わった以外は、これまでと同じ内容だったとのことです。しかし、今回の漫才が『笑点』という非常に高い視聴率を誇る国民的人気番組で披露されたことが、意図せず大きな炎上へと繋がった最大の要因と考えられます。『笑点』は幅広い年齢層に視聴されており、その影響力は計り知れません。普段お笑い番組を見ない層や、社会問題に関心を持つ層にも内容が届いたことで、漫才ネタの持つ社会的インパクトが拡大し、より多くの人々の間で議論を呼ぶ結果となりました。この一件は、公共の電波に乗せるコンテンツの選定や、そこに含まれる可能性のある偏見に対するメディア側の意識が、いかに重要であるかを改めて示唆しています。

結論

お笑いコンビ・エバースが『笑点』で披露した漫才を巡る今回の騒動は、単なるエンターテインメントの話題に留まらず、現代社会に未だ残る性差に基づく俗説や偏見、そして公共のメディアが持つ影響力の大きさについて、私たちに再考を促すものとなりました。漫才という形式を通じて笑いを提供する一方で、その内容が特定の集団に対する誤解や差別を助長する可能性がないか、常に意識することが求められます。特に、情報が瞬く間に拡散される現代において、番組制作者、出演者、そして視聴者一人ひとりが、発信されるコンテンツの社会的影響について深く理解し、建設的な議論を通じてより包容力のある社会を築いていくことが重要であると言えるでしょう。

参考文献