グローバルデータ管理の行方:EU、米国、中国、そして日本のDFFT戦略

私たちが日々利用するインターネット上のデータは、誰がどのように管理しているのでしょうか。東京大学公共政策大学院の鈴木一人教授は、アマゾンやグーグルといった巨大企業に集積されるデータの維持保全に関して、中国から不穏な動きが続いていると指摘しています。現代社会の基盤となる情報がどのように扱われるかは、地経学的な視点からも非常に重要であり、各国・地域でその考え方には大きな違いが見られます。本稿では、世界の主要なデータ管理モデルと、日本が提唱する「信頼性のある自由なデータ流通(DFFT)」の意義について深掘りします。

「Cookieを受け入れますか?」が示す欧州の個人情報保護原則

データ通信における個人情報の管理に関して、欧州連合(EU)は「EU一般データ保護規則(GDPR)」によって、個人の情報に関する権限を最大限に尊重するモデルを確立しています。この原則の根幹にあるのは、「自分の情報を開示するには、本人の明確な同意がなければならない」という考え方です。

ウェブサイトにアクセスした際、「Cookieを受け入れますか」という同意を求めるポップアップが表示されるのは、まさにGDPRに対応した設定です。ユーザーは自身の判断で同意または拒否を選択でき、これによりプライバシー保護が強化されています。この規制が非常に厳格であるため、GDPRに準拠していない一部の日本のウェブサイトは、欧州からはアクセスが制限されるケースもあります。欧州モデルは、個人のデジタル主権を重視し、データの自由な流通よりも個人情報の保護を優先する姿勢を示しています。

市場と企業が支配する米国のデータ管理モデル

一方、米国ではデータの管理は市場と企業が主導するという認識が強く根付いています。アマゾンでの買い物やグーグルでの検索など、私たちの日常的なデジタル行動は、これらの巨大テクノロジー企業に膨大な量のデータを集中させています。誰がいつ、どのような情報を調べ、何を購入したかといった情報がデータとして蓄積され、その管理は基本的に企業に委ねられています。企業はこれらのデータを、主にマーケティング活動やサービス改善に活用しています。

しかし、近年ではこの企業主導型データ管理モデルに対し、独占禁止法の観点からの懸念も浮上しています。バイデン政権下では、一部の企業が大量のデータを保有し、その独占的な地位を利用してビジネスを展開することが、連邦取引委員会(FTC)によって問題視されました。現時点では市場と企業がデータを管理するという前提で動いていますが、ビッグテックによるデータ独占への監視は今後も続くでしょう。

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国家による厳格な情報統制を進める中国

対照的に、中国では国家が国民の情報を完全に収集・管理するモデルを採用しています。中国には「国家情報法」や「データセキュリティ法」など、データ管理に関する様々な法律や制度が存在し、これらを通じて国家が情報収集を強力に推進しています。これは、欧州の個人尊重型や米国の市場主導型とは一線を画す、国家が中心となる中央集権的なデータガバナンスを示しています。このように、データ管理に対する考え方は、国や地域によって大きく異なることが明らかです。

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中国に対抗する日本のDFFT戦略とその挑戦

では、日本はグローバルなデータ管理においてどのような役割を担っているのでしょうか。2019年に開催されたG20大阪サミットにおいて、日本が提唱したのが「信頼性のある自由なデータ流通(Data Free Flow with Trust, DFFT)」という考え方です。DFFTの基本的な理念は、「信頼できる関係性があれば、たとえデータ管理モデルが異なっていても、情報の共有は可能である」という点にあります。

この戦略の主な狙いは、データ共有のための国際的な環境整備にあります。中国の人口は14億人を超え、データの世界ではまさに「一つの小宇宙」を形成しています。米国の人口が約3億数千万人、EUが約4億数千万人、そして日本の人口を合わせても中国の人口には及びません。データ量は必ずしも人口と正比例するわけではありませんが、AIの処理能力においては、取り扱えるデータ量が多いほど有利になることは間違いありません。

DFFTは、信頼できる国々のグループを構築し、日本、米国、欧州、そして将来的にはインドをも含めて、ビッグデータやAIの開発、そしてデータに基づくサービスを協力して推進していこうという構想です。これは、中国の一極集中型データ管理に対抗し、民主主義国家間でのデジタル経済圏を強化しようとする地経学的な試みと言えます。残念ながら、この構想が完全に実現するまでには相当な時間がかかると予想されますが、DFFTはAI時代やデータ経済時代を見据えた、非常に先進的かつ戦略的な考え方に基づいています。

現代社会においてデータの重要性が増す中、その管理方法を巡る国際的な議論は今後も活発に続くでしょう。日本のDFFT戦略は、この複雑な課題に対する一つの答えとして、その動向が注目されます。


参考文献