高市内閣の「米政策」に潜む矛盾と食料安保の危機:専門家が警鐘

高市内閣が82%という驚異的な支持率を叩き出す中、その足元を揺るがしかねないアキレス腱として「米価格」が高騰しています。農林水産省が10月31日に公表したデータによると、全国のスーパー約1千店で販売された米5キロの平均価格は4208円、銘柄米に至っては4523円(いずれも税込み)という高値水準に達しています。このような状況にもかかわらず、鈴木憲和農林水産大臣(43)は「需要に応じた生産をする(生産調整)」と述べ、事実上、石破政権下で決定された「増産」方針を撤回する姿勢を見せています。この政策転換に対し、食料安全保障の第一人者である東京大学大学院農学生命科学研究科特任教授の鈴木宣弘氏は、日本の食料安全保障における深刻な矛盾と危機を強く警鐘しています。

米価高騰と日本の食料安保政策を巡る焦点となる、高市早苗首相と鈴木憲和農水大臣の姿米価高騰と日本の食料安保政策を巡る焦点となる、高市早苗首相と鈴木憲和農水大臣の姿

「食料自給率100%」掲げる高市首相と「生産調整」の矛盾

高市首相は所信表明演説で「食料自給率100%を目指す」と高らかに掲げました。しかし、鈴木宣弘特任教授は、自給率向上を目標としながら生産調整を行うという現在の米政策に、大きな矛盾があると指摘します。石破政権時に米不足を認め増産方針を出したにもかかわらず、再び生産抑制へと舵を切ることは「朝令暮改」に他なりません。このような政策の揺れは、結果的に輸入米の増加を招き、日本の食料自給率を低下させる道を辿ると懸念されています。

この矛盾の背景には、政府が掲げる「積極財政」の壁があります。鈴木教授は「増産すれば米価は下がる。その価格差を、本来は財政で埋めるべきところを、財務省が難色を示した」と指摘。つまり、国家財政からの支出を抑制したいという思惑が、生産抑制の方向へと政策を戻させたのです。これは、積極財政を謳いながら実態は緊縮財政に他ならないと、鈴木教授は批判しています。

長年の減反政策が招いた米不足と政府の市場介入の歪み

現在の米不足は、長年にわたる生産調整、いわゆる「減反政策」が根本原因にあります。消費量の減少を理由に生産をギリギリまで抑えすぎた結果、猛暑などの自然災害が重なった際に、米が決定的に不足する事態を招きました。にもかかわらず、再び「作るな」というメッセージを暗に送ることは、過去の過ちを繰り返すに過ぎないと鈴木教授は警鐘を鳴らします。政府が増産を後押ししなければ、この「令和の米騒動」は収まることはないでしょう。

鈴木農水大臣は先月のインタビューで、政府の米価対策への介入を否定し、「政府が洋服の値段に介入しないのと同じ」と例えて、SNS上で強い批判を浴びました。しかし、鈴木教授は「価格に関与しないと言いながら、生産抑制を指示している。このこと自体が価格への介入だ」と指摘。政府が本当に市場に関与しないのであれば、生産者が自由に米を作り、消費者が買いやすい価格を維持し、その上で生産者を財政的に支えるのが本来の市場原理の活用であると主張します。このまま米価が高止まりすれば、消費者の米離れがさらに進むだけでなく、安価なアメリカ産米へのニーズがシフトし、日本の米農家はさらなる衰退へと追い込まれるでしょう。

日本の豊かな田んぼが広がる風景。食料自給率の向上と米農家の持続可能性を象徴する、守るべき大切な日本の農業景観日本の豊かな田んぼが広がる風景。食料自給率の向上と米農家の持続可能性を象徴する、守るべき大切な日本の農業景観

国家安全保障を脅かす米備蓄の現状と「命の備え」の重要性

食料安全保障の観点からも、現在の米政策には大きな問題があると鈴木教授は訴えます。現在の米の備蓄はおよそ100万トンに過ぎず、これは国民が食べられる期間に換算するとわずか1.5ヶ月分しかありません。にもかかわらず、「お金をかけたくない」という理由で、今後は備蓄を民間に任せようという議論まで出てきています。これは国家安全保障の視点から見ても、極めて異常な事態です。

「令和の米騒動」が示すように、日本は米の不足時においてもアメリカからの輸入米に頼らざるを得ない状況にありました。もともと多くの農産物を海外からの輸入に依存している日本にとって、主食である米まで輸入頼みになれば、もし供給が途絶えた際には国民はたちまち飢餓に直面することになります。鈴木教授は「米の備蓄は“国防費”と同じ」と強調し、いざというときのための「命の備え」として、安全保障コストと位置づけ、しっかりと確保すべきだと強く提言しています。

日本の米農家の未来:財政出動による直接支援こそが鍵

このまま政府が増産に舵を切らなければ、国民の主食を支える日本の米農家はどうなるのでしょうか。現在、日本の農家の平均年齢は70歳と高齢化が進んでいます。生産を減らせと言われ続ければ、意欲のある若い担い手は育たず、地域によっては「あと5年で米を作る人がいなくなる」という声も聞かれます。つまり、このままでは日本の米農家が壊滅しかねないという危機的状況です。

鈴木教授は、この根本的な解決策として「財政出動による直接支援」を改めて強調します。生産者には所得補填を行い、一方で消費者には安く米が届くようにする。この両者のギャップを国家の財政で埋めることが、最も合理的で持続可能な解決策であると述べています。「お米券」を配るような付け焼き刃の対策では、本質的な解決にはならず、かえって米価がさらに上昇する可能性すらあると警告しています。

最後に鈴木教授は、鈴木農水大臣が就任直後の10月22日に職員に向けて訓示した言葉「財務の壁を乗り越えよう。全責任は私が負います」を引き合いに出し、「ならば言葉通り、有言実行してほしい」と強く求めました。生産抑制ではなく、増産と財政支援によって、この「米騒動」を根本から終わらせるべき時が来ています。


参考文献

  • 時事通信
  • Yahoo!ニュース
  • 農林水産省 公表データ(2025年10月31日)
  • 東京大学大学院農学生命科学研究科 鈴木宣弘特任教授の解説に基づく