日本各地でヒグマの脅威が日常を侵食しつつある。もはや山中での偶発的な遭遇に留まらず、市街地に出没し、家屋に侵入、人間を明確な「捕食対象」として認識し始めた個体の存在が現実のものとなっている。過去最悪の被害が記録される中、早急な対策が求められている状況だ。このような生命を脅かす危機に直面しているにもかかわらず、人間社会内部での無益な対立が、その対応を阻害する事例が報告されている。
「安全確保」を巡る衝突：積丹町副議長の介入
この生物としての生存をかけた緊張状態のさなか、人間の内紛が事態を悪化させる一例として、北海道積丹町で起きた騒動がある。2025年9月27日、積丹町で体長約2メートル、体重284キロという巨大なオスのヒグマが箱罠で捕獲された。現場には猟友会のハンター9名と役場職員3名が駆けつけ、ライフル銃の射程が3キロに及び、跳弾の危険性も予測できない一触即発の状況であった。
その現場に、町議会の海田一時副議長が現れた。土地の所有者でもある副議長に対し、ハンターは安全確保のために現場から離れるよう指示した。これは危機管理において、現場の専門家の指示が絶対であるべきという当然の措置である。しかし、副議長から返ってきた言葉は、危機管理の現場において最も唾棄すべき「権威主義」の悪臭を放つものだった。「誰にものを言ってるのよ?」「お前、俺のこと知らねえのか?」と、自身の立場を振りかざし、専門家の指示に従うことを拒否したという。
「権威主義」が招く危機管理の麻痺
目の前には284キロものヒグマという死の脅威が、鉄の檻を破壊しかねない勢いで存在しているにもかかわらず、副議長の意識は目前の危険よりも、自らの「身分」が現場のハンターに尊重されるかどうかにのみ向いていたと報じられている。口論はエスカレートし、副議長は専門家たちにさらなる暴言を浴びせた。「こんなに人数が必要なのか」「金もらえるからだろう」「おれにそんなことするなら駆除もさせないようにするし、議会で予算も減らすからな」「辞めさせてやる」といった言葉が伝えられている。
これは、もはや単なる口論ではない。ヒグマという共通の敵を前に、最前線で命を張るボランティアである猟友会の専門性を踏みにじり、自らの政治的地位を凶器として振りかざす無慈悲な破壊行為に等しい。緊急を要する危険な現場で、危機管理の専門家の指示を無視し、個人的な権威を主張する行為は、事態の悪化を招きかねない。このような内紛は、ヒグマ対策という喫緊の課題への取り組みを著しく妨げ、地域住民の安全を脅かすものである。
結び
ヒグマの生息域が広がり、人間社会との接点が増える中で、その脅威はますます深刻化している。この現実を直視し、効果的な対策を講じるためには、関係機関や住民が一丸となって協力することが不可欠である。しかし、今回の積丹町の事例が示すように、人間の内なる権威主義や無益な対立が、その対応を麻痺させかねないという現状がある。真の危機管理とは、現場の専門知識と迅速な行動を最優先し、不必要な政治的介入や個人的な感情を排除することから始まる。全ての関係者が共通の目標に向かって協力し、住民の安全を最優先する姿勢こそが、迫りくるヒグマの脅威に対抗するための唯一の道である。
