環境省の発表によると、今年4月から10月にかけてのクマによる被害件数は176件、被害者数は196人と、過去最悪のペースで増加しています。連日のようにクマの目撃情報や被害報告がニュースで報じられ、日本社会に衝撃を与えているのはご存じの通りです。しかし、この「クマ騒動」の裏には、メディアの過熱報道と、見過ごされがちな根本的な原因が存在すると、本誌で連載中の俳優で猟師の東出昌大氏が自身の見解を寄稿しました。
山に入り、日々クマと向き合っている東出氏が語る、メディアが伝えきれないクマの実態とは何でしょうか。
「クマ報道」の過熱とその実態
東出氏のもとには、テレビがなくてもクマに関するニュースが連日飛び込んでくるほど、その報道は凄まじいものがあると言います。週刊誌などからも今年だけで8件もの取材依頼があったとのこと。
しかし、東出氏は「報道が過熱しすぎている」と感じています。メディアは「危ない!」「死のリスク!」といった言葉を拾い集めたいという前提があるため、自身の「そんな危ないものではない」という実感を伴う意見は歓迎されないと理解し、取材を断っているそうです。
日頃から山に足を踏み入れている東出氏によれば、クマに滅多に出会うことはありません。環境省が公表しているクマによる人身事故の死亡者数を見ても、一昨年が6人、今年が5人(令和7年8月末時点)とありますが、過去にも令和3年5人、平成28年4人、平成22年4人といったように、一定数の死亡者が存在していました。この数年のクマ騒動がこれほどまでに過熱しているのは、メディアが「クマは視聴率が取れる!」と気付いたからに他ならないと東出氏は指摘します。
例年、交通事故による死亡者数は2000人以上、自殺者数は2万人以上と、クマによる死亡者数をはるかに上回っています。しかし、メディアがこれらの数字を大々的に報じても、大衆は「車は便利だから仕方ない」「社会に疲れるのも仕方ない」と諦めと無関心で受け止めるため、視聴率には繋がりにくいのが現状です。一方でクマは、「噛まれたら痛そう」「人間が食われて血みどろになるのは恐ろしい」など、残忍な恐怖を想像させやすいことから、死の実感が希薄な現代人の心に強く響くのだろうと分析しています。
東出氏は、現在のクマ騒動の根源は「クマが危険」という話に留まらず、「仮想敵を見つけ、吊るし上げたい」という現代日本人の心のありようが背景にあるのではないかと警鐘を鳴らします。
クマが人前に現れやすくなった二つの原因
一方で東出氏は、クマが人の目に触れる機会が増えた原因が二つあると考えています。それは「山の木の実の不作」と「猟師の高齢化」です。
堅果類の不作
山の木の実、特にブナやミズナラといった堅果類が不作になると、クマは山中で食料を確保しにくくなります。これにより、人里近くまで降りてきて、柿やクリなどの農作物や生ごみを漁るようになり、人との遭遇リスクが高まります。これは広く知られている原因の一つです。
猟師の高齢化とその影響
環境省の発表では、狩猟免許所持者の70%が60代以上を占めています。東出氏が所属する猟友会でも、60代はまだ若手で、70代や80代のベテラン猟師が多数を占めているのが現状です。
昔は山中を歩き回っていた猟師たちも、今では体力の衰えからそれが難しくなり、車に乗って道路脇に立つシカを撃つ、いわゆる「流し猟」が主流となっています。また、罠猟でも見回り負担を減らすため、道路から見える範囲に罠を仕掛ける傾向があります。
仕留められたシカの中には60kgを超える個体も珍しくありませんが、高齢の猟師一人で軽トラックの荷台に積むことは困難です。その結果、捕獲したシカの死体が道路脇に放置されるケースが後を絶ちません。法律上、車内から銃を突き出して撃つ行為や、獲物を遺棄することは違法です。しかし、多くの猟師は、駆除が追いつかない現状に直面し、暗黙の了解としてこれらの行為を行っているのが実情だと東出氏は語ります。
山間部で狩猟生活を送る東出昌大氏
放置されたシカの死骸は、クマにとって格好の餌となり、人里への出没をさらに助長する要因となります。
若い猟師の増加がもたらす希望
東出氏は、クマがこれ以上迫害されないため、そして放置されるシカの命を減らすためにも、「ちゃんと獲物を持って帰れる若い猟師が増えてほしい」と強く願っています。
自身の狩猟生活を通して、「殺してばかりの日々」と表現しながらも、この記事がきっかけで一人でも多くの人が猟師という道に興味を持ち、その人自身の人生と、山に生きる動物たちの命が良い方向に向かうことを切に願って、筆を執ったと結んでいます。
クマと共存していくためには、メディアによる一方的な恐怖の煽りではなく、その背景にある生態系の変化や、人間社会のあり方、そして猟師が直面する現実といった多角的な視点から問題に目を向け、解決策を模索していくことが不可欠です。若い世代が狩猟に携わることで、地域の生態系管理に新たな活力がもたらされ、クマと人との適切な距離を保つ未来へと繋がるかもしれません。
<文/東出昌大 挿画/牧野伊三夫>
【東出昌大】1988年、埼玉県生まれ。’04年「第19回メンズノンノ専属モデルオーディション」でグランプリを獲得。’12年、映画『桐島、部活やめるってよ』で俳優デビュー。現在は北関東の山間部で狩猟生活をしながら役者業をしている。
Source: 日刊SPA!
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