夜の京都を満喫し、ゆっくりと一泊したい——多くの観光客が抱くこの願いを阻んでいるのが、現在深刻化する京都のホテル高騰問題です。かつて1万円程度で宿泊できたビジネスホテルが今や3〜4万円は当たり前、繁忙期にはそれ以上の価格でしか空きがないことも珍しくありません。一見するとインバウンド観光客の増加が主な原因と思われがちですが、フリーライターの宮武和多哉氏の現地レポートからは、それだけでは片付けられない構造的な問題が浮かび上がっています。このホテル代の異次元の暴騰は、単なる一過性の現象ではなく、5年後、10年後の観光都市・京都に深刻な影響を及ぼす可能性を秘めています。本稿では、京都市の宿泊事情の現状と、その背景にある構造的な要因について深く検証します。
観光客の願いを阻む「宿泊費の暴騰」
京都の夜を満喫する観光プランは、高騰するホテル代によって総崩れになりかねません。鴨川や先斗町を散策し、京の美食と美酒に酔いしれるといった魅力的な体験も、宿泊費の負担が増大することで敬遠されがちです。以前は1万円程度で宿泊施設を見つけることができたものの、現在では3万円から4万円が相場となり、中にはさらに高額な宿泊費を提示する施設も少なくありません。この状況は、単に「インバウンド(訪日外国人観光客)が増加した」というだけでは説明できない、より根深い構造的問題が存在することを示唆しています。この宿泊費の異常な高騰は、観光都市としての京都の未来に影を落とす恐れがあります。
データで見る「史上初のADR3万円台」
公益法人・京都市観光協会が発表している「平均客室単価(ADR)」のデータは、京都のホテル不足と価格高騰の現状を如実に物語っています。宿泊需要が最も高まる4月で比較すると、コロナ禍以前はおおむね2万円少々で推移していました。しかし、コロナ禍で一時的に大きく落ち込んだ後、2022年には1万4237円、2023年には2万228円と順調に回復。その後、2024年には2万6136円へと急伸し、2025年4月にはついに3万640円を記録。史上初めてADR3万円台を突破するという急角度での伸びを見せています。このデータは、京都の宿泊費が尋常ではないペースで上昇していることを裏付けています。
インバウンド観光客で混雑する京都の五重塔周辺エリア
他都市と比較しても際立つ「異常な価格高騰」
京都のホテル代高騰は、他の大都市と比較してもその異様さが際立っています。観光需要が根強いとされる都内でも、平均客室単価は「2年間で5000円アップ」という増加幅であり、金額は約1万7000円程度に留まっています。また、大阪・関西万博の開催で盛り上がりを見せる大阪府ですら平均2万円弱(前年比プラス46%)という状況です。これに対し、京都市の平均客室単価が3万円を突破している事実は、まさに「異次元の暴騰」と呼ぶにふさわしい状況と言えるでしょう。
関西圏は地理的に狭く、京都から大阪府、滋賀県、奈良県、兵庫県といった隣接府県までは20〜50kmほどの距離しかありません。にもかかわらず、なぜ京都だけがこれほどまでにホテル代が極度に跳ね上がっているのでしょうか。インターネットの予約サイトを通じて実際の価格を見てみると、その実態がさらに浮き彫りになります。例えば、近年急成長を遂げた全国チェーンのビジネスホテルでも、週末のシングルルームは素泊まり・事前決済で4万円前後を要し、地方であれば5000円から6000円程度で宿泊できるような質素な部屋がこの価格です。ダブルルームに至っては10万円近い出費となり、もはや家族旅行やグループ旅行で利用するには現実的ではない価格帯となっています。祇園・東山や嵐山のような観光客に人気のラグジュアリーホテルが多いエリアでは、スイートルームが20万円、30万円といった世界であり、そうした部屋しか空いていない状況では、一般の観光客が気軽に宿泊することは困難です。
さらに驚くべきは、一人分の寝るスペースしかないカプセルホテルでさえ、通常3000円から5000円程度で宿泊できるにもかかわらず、1泊1万円、10月の3連休には約4万円という日もあったと報告されています。あるカプセルホテルチェーンでは、新宿西口の基幹店の3倍もの価格設定であったといい、この異常な高騰ぶりは多岐にわたる宿泊施設で共通しています。
5年後、10年後の京都観光への影響と課題
現在の京都におけるホテル代の異次元の高騰は、短期的なインバウンド需要の恩恵を超え、5年後、10年後の観光都市・京都の姿に看過できない影響を及ぼす可能性があります。高額な宿泊費は、一部の富裕層や高単価消費を目的とする観光客には対応できるかもしれませんが、より幅広い層、特に日本の国内観光客や予算を重視する海外からのリピーターにとっては、京都を訪問する大きな障壁となりかねません。これにより、観光客層の偏りや、本来享受されるべき「夜の京都」の魅力が体験できないといった機会損失が生じる可能性があります。風情ある景観がインバウンド観光客で埋め尽くされ、もはや「風情」を感じられない状況は、観光都市としての持続可能性を脅かす深刻な課題です。京都が多様な観光客にとって魅力的な目的地であり続けるためには、この宿泊費高騰の構造的問題を深く掘り下げ、多角的な視点から解決策を模索することが不可欠となるでしょう。
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