近年、教育界で注目を集める「探究学習」が、大学の研究者たちに予期せぬ負担をもたらしている。生徒一人ひとりが課題を設定し、深く学ぶことを目的としたこの学習方法は、高校の新しい学習指導要領の柱の一つだ。しかし、その“成果”が大学入試の総合型選抜や学校推薦型選抜で有利になるとされる一方で、探究学習が単なる受験のための「手段」と化し、高校生が大学研究者の貴重な時間を奪う実態が明らかになってきた。この新たな教育問題について、大学教授や高校教員の証言からその現状を探る。
「探究学習」の光と影:大学入試への影響
探究学習は、生徒が自ら課題を見つけ、主体的に学びを深めることで、思考力や判断力、表現力などを育むことを目指している。特に高校では、総合的な学習の時間として位置づけられ、生徒の個性を伸ばす重要な機会とされている。そのハイレベルな実践をアピールする高校も増え、大学入試における多様な選抜方式、特に総合型選抜や学校推薦型選抜において、その経験が評価される傾向にある。これにより、探究学習は「大学合格への近道」と認識され、その本来の目的とは異なる形で利用されるケースが増加している。
研究者を悩ませる高校生からの問い合わせ
早稲田大学文学学術院で心理学を専門とする小塩真司教授は、ここ数年、面識のない高校生からのメールが定期的に届く状況に直面している。メールの内容は、「探究学習で調べている。〇〇について教えてほしい」といった素朴な質問が多く、十分に下調べをしていない印象を受けることもあるという。小塩教授は、高校生の学びへの興味を尊重し、これまで基本的にすべての要望に応じてきた。メールでの返答だけでなく、オンライン面談や研究室への訪問希望にも応じている。
高校生の探究学習に関する問い合わせの多さに、大学の研究者が疲弊するケースが増加しかし、疑問も積もる。大学広報部を通じての正式な依頼であれば業務として納得できるが、現状は生徒個人とのやり取りであり、無償の労働となっている。問い合わせの増加は本業に支障をきたし、相手の背景知識や回答の使途が不明な状況で専門的な内容に答えることには、研究者側のリスクも伴うと感じている。
背景にある教育現場の実情
なぜこのような事態が頻発しているのか。都内の高校に勤務する男性教員は、その背景を説明する。探究学習では生徒一人ひとりが独自のテーマを設定するため、教員だけの知識で指導することが難しい場合が多い。また、学習指導要領の解説には「専門家らの協力が欠かせない」との記述があり、教員が生徒に対して「ダメ元でも連絡してみるように」と促すこともあるという。高校生側は1通のメールを送ることを気軽に考えているかもしれないが、その数が積み重なると、研究者にとっては大きな負担となる。
研究者への「無償労働」とリスク
現在の状況は、大学の研究者にとって事実上の「無償労働」であり、その負担は増す一方である。正規の契約もなく、個別の対応が常態化することで、本来の研究活動や教育業務に割くべき時間が削られている。さらに、質問者の学術的背景や意図が不明なまま回答することは、誤解や情報の悪用につながるリスクもはらんでいる。探究学習の意義を損なうことなく、研究者と高校生の健全な連携を確立するための制度設計が急務となっている。
この問題は、探究学習の理念と現実のギャップ、そして教育現場と大学間の連携のあり方を改めて問い直すものと言えるだろう。





