日本において、予備軍を含め約2000万人とされる糖尿病患者。1型が遺伝病として知られる一方、生活習慣病と思われがちな2型糖尿病も、実は遺伝的要因が大きく関わっていることが分かっています。私たちの祖先が獲得した倹約遺伝子が、現代社会でどのように影響しているのか、専門家が解説します。
医師または看護師が患者の血糖値を測る様子。2型糖尿病の検査イメージ。
食糧不足に適応した「倹約遺伝子」の誕生
数百万年前に人類の祖先が誕生し、約6万年前にはアフリカから世界中に広がりました。それぞれの地域の厳しい環境、特に食糧不足という条件に適応するため、私たちの祖先は遺伝子配列を少しずつ変えてきました。狩猟・採集に頼っていた時代、また農耕・牧畜が始まってからも、特権階級を除けば、多くの人々は常に食糧入手の困難に直面し、同時に生存のために様々な肉体的労作に耐える必要がありました。このような状況で生き延びるには、体へのエネルギー貯蔵を最大限に高め、中等度の身体活動を促すような遺伝子、いわば「倹約遺伝子」(いくつかの遺伝子の総体的概念)を獲得することが不可欠であったと考えられています。
現代社会で「倹約遺伝子」がもたらす問題
倹約遺伝子が有利に働いた食糧不足とハードな身体活動の時代は、およそ100年ほど前まで続いており、直近の1万年ほどで遺伝子配列にはほとんど変化がなかったと考えられています(図1-17はこの状況を示唆しています)。しかし、現代社会は劇的に変化しました。食糧の飽和、身体活動の極端な減少、長時間にわたる座位行動の拡大など、環境は激変しています。この急速な環境変化に対し、私たちの遺伝子は追いついていません。結果として、かつて生存に不可欠だった倹約遺伝子が、現代の飽食・運動不足の環境下では、肥満や、それと強く関連する2型糖尿病などの生活習慣病を爆発的に増加させる主要な要因の一つとなってしまったのです。
生活習慣病における遺伝的要因と環境要因
2型糖尿病や脂質異常症などが「生活習慣病」と総称されるのは、運動、食事、喫煙など、様々な生活習慣(環境要因)が発症に影響するためです。しかし、これらの生活習慣病の発症には、遺伝的要因(遺伝的リスク)も大きく関わっています。図1-19は、ヒトの様々な形質(生物が持つ特徴や性質)におよぼす遺伝と環境の要因の影響を示しています。ある形質の遺伝率が高ければ、その形質は先天的、つまり生まれつきの要因が強く関与し、後天的な環境的諸要因の影響は比較的弱いといえます。生活習慣病は、遺伝と環境の複雑な相互作用によって引き起こされる典型的な例と言えるでしょう。
2型糖尿病をはじめとする生活習慣病の発症は、現代の生活習慣という環境要因だけでなく、祖先が厳しい生存競争を生き抜くために獲得した倹約遺伝子のような遺伝的要因が複雑に絡み合って生じます。自身の遺伝的傾向を理解しつつ、現代社会の環境に合わせた適切な生活習慣を心がけることが、これらの疾患の予防や管理において極めて重要となります。遺伝と環境、両方の側面から生活習慣病を捉える視点が求められています。
参考文献
樋口 満『健康寿命と身体の科学 老化を防ぐ、50歳からの「運動・食事・習慣」』(講談社)