近年、教育分野で世界的に注目を集めている「SEL(Social Emotional Learning)」は、日本では「社会性と情動の学習」と訳される米国発祥のアプローチです。非認知能力の育成が重視される中、日本国内でも注目度が高まり、学校での活用が進んでいます。文部科学省の「生徒指導提要」(2022年改訂)でも言及されるなど、その重要性が認識されています。SELは非認知能力をどのように育むのでしょうか。全国の教育機関でSELに基づく支援を行うroku you代表取締役の下向依梨氏に、SELが世界で広がり、日本でも注目される背景について話を伺いました。
roku you代表 下向依梨氏。非認知能力を育むSELについて解説。
SELとは?世界が注目する背景
SELは、主にCASEL(Collaborative for Academic, Social, and Emotional Learning)という教育団体によって推進され、世界に広がったとされています。その歴史は、1980年代頃からEQ(心の知能指数)への関心が高まったことに始まります。また、罪を犯した青少年の社会復帰プログラムが、学力向上やストレス軽減にも効果があることが明らかになったことも背景にあります。1990年頃からこうした感情や社会性に関する教育に「SEL」という名前が与えられ、研究が盛んになりました。やがてCASELが中心となり、教育現場への普及が進みました。2015年には米シカゴで全学校に導入され、2010年代にはシンガポールやメキシコでも全学校で必修化されるなど、国際的に大きな注目を集めるようになりました。
日本におけるSEL普及の現状と取り組み
日本国内でも、SELに関する研究や実践は1990年代頃から福岡教育大学名誉教授の小泉令三氏らによって展開されてきました。とくに、SELを紹介する書籍『21世紀の教育』(ダイヤモンド社)が2022年に発売されて以降、その注目度は飛躍的に高まったと下向氏は感じています。下向氏自身は、高校時代からの貧困問題への関心を背景に、社会システムを変革できる人材「チェンジメーカー」の育成を目指すようになりました。大学で暗黙知や経験知を言語化する「パターンランゲージ」を研究し、それを用いた社会起業家育成プログラムを高校生や大学生に提供する中で、同じプログラムでも成果に差が出ることに気づきます。響かない人たちには、自分の内面で起きる葛藤や違和感に気づきにくいという共通点があり、自己認知や他者理解といった非認知能力の重要性を痛感しました。当時は日本で非認知能力の研究が進んでいなかったため、2014年に渡米。ペンシルベニア大学教育大学院で学習科学・発達心理学の修士号を取得する過程でSELを学び、これを日本の学校に伝えたいと考えるようになります。2015年に帰国した当初、SELの認知度はまだ低く普及に苦慮しましたが、オルタナティブスクールの教員として現場で過ごす中で、とくにプロジェクト型の学びの土台としてSELが不可欠であると強く実感しました。この経験を経て、本格的なSEL普及のため、2019年に教育企画・コンサルティング会社「roku you」を設立。現在、全国の小中学校・高等学校・大学でSELをベースとしたカリキュラムやプログラム提供、伴走支援に取り組んでいます。
結論
SEL(社会性と情動の学習)は、EQ研究や青少年支援プログラムの効果を背景に米国で体系化され、CASEL等の働きかけにより世界的に普及が進む教育アプローチです。非認知能力の重要性が増す現代において、自己認知、他者理解、責任ある意思決定といったスキルを育むSELは、子どもたちが変化の激しい社会で健やかに生き抜くために不可欠な力となります。日本でも「生徒指導提要」への掲載や関連書籍の出版を機に急速に注目されており、下向氏のような実践者の活動を通じて、学校現場への導入が進んでいます。SELは、これからの日本教育において、子どもたちの成長を支える重要な柱の一つとなるでしょう。
参考資料:
- Yahoo!ニュース(東洋経済education × ICT)掲載記事を基に作成