昭和の時代に数多く生まれた個人経営の喫茶店も、時代の流れとともに減りつつあります。
けれど――喫茶店に漂う独特の心地よい空気感は、そこで過ごした人々の記憶の中に今も静かに残り続けます。誰にとっても、心に残る思い出の喫茶店があるのではないでしょうか。
そんな喫茶店を愛する一人のライター・コトリスが、一杯のコーヒーをきっかけにマスターの人生や常連客の思い出など、店の背景にある物語をたどっていく本連載。街の喫茶店に息づく「人と店の物語」を記録していきます。
第2回は兵庫港近くで四姉妹が営む「思いつき」を訪ねました。(全5回)
■おばあちゃんの家みたいな喫茶店
JR神戸駅から幹線道路沿いを南に進むと、住宅街と町工場が混在する西出町にたどり着く。
目と鼻の先には兵庫港があり、小さな造船所が岸壁に沿って立ち並んでいる。
潮の香りがかすかに鼻をくすぐるこの閑静な一角に、「喫茶思いつき」は控えめにたたずんでいた。今年、2025年に創業70年を迎える喫茶店だ。
【画像を見る】四姉妹が営む港町の喫茶店。名物の「霜降りトースト」(300円)やフルーツジュース(800円)はこんな感じ
ガラス扉のハンドルを引くと、小さな店内に「いらっしゃいませ〜」の声が響いた。
思いつきは、79歳、83歳、89歳、91歳(平均年齢85.5歳)の四姉妹が切り盛りする昭和遺産のような喫茶店だ。
皆からあきちゃんと呼ばれる店長の朗子さん(89歳)を中心に、満知子さん(91歳)、紀久恵さん(83歳)、晴江さん(79歳)が交代で手伝っている。取材日にお会いできたのは店長の朗子さんと紀久恵さんの二人。筆者は定期的に思いつきに“帰省”しているので、顔を覚えてもらっている。
「今日は晴れて良かったね」。紀久恵さんから中央のテーブル席に座るように促される。客が店を褒めるときに「自分の家のようにくつろげる」「おばあちゃんの家に来たみたい」とはよく言うが、喫茶思いつきはまさに家の居間そのもの。実家感が強すぎる喫茶店だ。
壁には似顔絵や写真が並び、地元企業のノベルティカレンダーや緑の鉢植えがそっと空間を彩っている。飾らない実家そのままの雰囲気に、訪れる客は皆ほっと安堵感を覚えるのだろう。