【60代以上必見】日本の胃がんの影「ピロリ菌」の真実と対策

人生100年時代、健康は何よりの資産です。しかし40歳を過ぎると、がんや生活習慣病のリスクは高まります。国立がん研究センターのデータによると、40〜49歳のがん患者数は30〜39歳の3倍以上(2020年)となり、50代、60代と年齢が上がるにつれてさらに増加します。特に日本人に深く関わるがんの一つが「胃がん」です。いつの間にか進行している「見えない爆弾」とも言える胃がんについて、その最大の原因であるピロリ菌を中心に、予防と早期発見のための知識を深めましょう。

胃がんの基本を知る

日本の胃がんによる死亡率は、がん全体の中で3番目に高く、罹患数(かかる人の数)は2番目に多いがんです(※1)。衛生環境の改善により昔に比べ数は減っていますが、依然として私たちにとって身近ながんと言えます。胃がんの初期には以下のような症状が現れることがあります。

  • 胃からの出血が、消化管を通過する過程で変色し、「黒い便」として排泄される。
  • 胃が存在するみぞおちの痛み。
  • 胃の収縮運動がうまくできなくなり、食事の早い段階で満腹感を感じる。

胃がんは、左鎖骨のくぼみにあるリンパ節に転移しやすい特徴があり、この部分にしこりが触れる場合、リンパ節への転移(ウィルヒョウ転移)の可能性があります。

胃がん最大の原因「ピロリ菌」とは

胃がんの大きな原因の一つに「ピロリ菌(ヘリコバクター・ピロリ)」という細菌があります。この菌は、胃酸を中和する特殊な能力を持ち、強い酸性の胃の中でも生き続けることができる極めて珍しい性質を持っています。

ピロリ菌は長期間胃にすみ着くことで、慢性的な胃の炎症を引き起こします。この炎症が継続することが、胃がんへとつながるのです。さらに、ピロリ菌の中には「CagA」と呼ばれる病原性タンパク質を胃の細胞に注入し、胃がん発症リスクを高める性質を持つものもいます。特に、2017年に東京大学の研究チームが発表したように、日本に多い「東アジア型」のCagAは欧米型に比べ胃がん発症リスクが高くなると指摘されています(※2)。

感染経路は完全には解明されていませんが、かつて衛生環境が十分でなかった時代の井戸水や食事からの感染が考えられています。また、親から子への口移しなどによる感染の可能性も指摘されており、幼少期に感染し、長年かけて胃の炎症が進み、胃炎から胃がんへと至るケースも想定されます。

現在の日本の衛生環境は大幅に改善されており、上下水道の整備が進んだことで、若年層のピロリ菌感染率は低下しています。そのため、将来的に胃がんになる人は減少すると予測されています。

ピロリ菌感染と胃がんのリスクを解説するイメージ図ピロリ菌感染と胃がんのリスクを解説するイメージ図

中高年に多いピロリ菌感染と除菌の考え方

しかし、「中高年世代」にとっては、まだまだ注意が必要です。インフラが十分に整備されていなかった時期に幼少期を過ごした方は、特に感染しているリスクが高いと言えます。年齢が上がるほど感染率は上昇し、40代では5人に1人、60代以上ではなんと2人に1人がピロリ菌に感染しているというデータもあります(※3)。

残念ながら、ピロリ菌の検査は、自治体が行う対策型検診には含まれていません。これは、ピロリ菌除菌による胃がんリスク低減効果について、「リスクを下げる可能性はあるが、まだ結論は出せない」という段階であるためです(※4)。国としては、明確なエビデンスが確立されていないものに多額の予算を投じて対策型検診に含めることが難しいという背景があります。

しかし、これは「国」全体の視点からの判断です。「個人」の視点では、考え方が異なってきます。例えば、あなたの胃にピロリ菌がいることが検査で確認されたとします。除菌が胃がんを確実に予防するという決定的なエビデンスはまだないとしても、ピロリ菌が胃がんのリスクを高めることは医学的に広く認められています。この状況で、あなたは除菌を選びますか?それとも選びませんか?

前述の通り、日本のピロリ菌は欧米のものより悪質性が高いとされています。アジア人を対象とした研究論文の中には、「健康で自覚症状がない人でも、ピロリ菌を除菌した方が胃がんのリスクを減らす」というデータも存在します(※5)。

ピロリ菌検査と注意点

ピロリ菌の検査方法は比較的簡単です。血液検査や、自宅でできる尿検査キットなどで手軽に調べることができます。

ただし、一つ重要な注意点があります。「ピロリ菌を除菌したから、もう胃がん検診を受けなくても大丈夫」ということにはなりません。ピロリ菌が長期間すみ着いていたことによって、胃の粘膜が荒れ、「胃炎」の状態がすでに形成されている可能性があるからです。ピロリ菌を除菌しても、この胃炎がすぐに消えるわけではありません。

現代の衛生環境では、一度ピロリ菌を除菌すれば、再び感染するリスクは低いと考えられています。ピロリ菌検査を受けて陰性であった場合、おおむね安心して良いでしょう。しかし、感染歴があった方、または陽性で除菌した方は、定期的な胃がん検診を続けることが、将来の胃がん予防にとって非常に重要です。

【出典】
※1 Cancer Statistics. Cancer Information Service, National Cancer Center, Japan (Vital Statistics of Japan, Ministry of Health, Labour and Welfare)
※2 Takeru Hayashi ,et al. Differential Mechanisms for SHP2 Binding and Activation Are Exploited by Geographically Distinct Helicobacter pylori CagA Oncoproteins.Cell Rep. 2017 Sep 19;20(12):287 6 2890.
※3 厚生労働省「ヘリコバクター・ピロリ除菌の保険適用による胃がん減少効果の検証について」
※4 Teruhiko Terasawa,et Prediction of gastric cancer development by serum pepsinogen test and Helicobacter pylori seropositivity in Eastern Asians: a systematic review and meta analysis. PLoS One. 2014 Oct 14;9(10):e109783.
※5 Alexander C Ford,et al. Helicobacter pylori eradication for the prevention of gastric neoplasia. Cochrane Database Syst Rev. 2015 Jul 22;2015(7):CD005583.