米実業家のイーロン・マスク氏が表明した新党設立構想が、米国の政治情勢に波紋を広げている。マスク氏は、来年の中間選挙で議席を獲得し、共和・民主両党が拮抗する連邦議会で法案の成否に影響力を持つ「キャスチングボート」を握ることを狙っているとみられる。しかし、長年の二大政党制が定着した米国において、第三政党が進出するには極めて高いハードルが存在する。
マスク氏は5日、自身のSNS「X」(旧ツイッター)への投稿で、「戦場の正確な地点に極めて集中した戦力」を投入する考えを示唆した。これは、中間選挙で上下両院の議席獲得を目指し、特定の選挙区に照準を定めて選挙活動を展開する戦略であると解釈されている。先行する4日の投稿では、上院で2~3議席、下院で8~10議席程度の獲得を選挙活動の一案として紹介していた。
イーロン・マスク氏の肖像、米国の政治的な動向に関する記事を説明
現在の米連邦議会は、上下両院ともに共和党が過半数を占めるものの、その差はわずかだ。上院(定数100)は共和党53議席、民主党系47議席、下院(定数435)は共和党220議席、民主党212議席と、議席数は拮抗している。もしマスク氏の新党がこれらの議席の一部でも獲得できれば、現在のように共和・民主両党が激しく対立する議会運営において、法案の可決や人事案の承認など、政治判断の鍵を握る「キャスチングボート」を手にする可能性が生まれる。
マスク氏は、昨年の大統領選挙でドナルド・トランプ氏の陣営に多額の献金を行うなど、豊富な資金力を背景に新党の選挙運動を主導すると見られている。しかし、米メディアの多くは、マスク氏が目指す議席の確保について懐疑的な見方を示している。「困難に直面する可能性が高い」とニューヨーク・タイムズ紙は報じている。
米国には、共和党と民主党が長年かけて築き上げた全国的な組織基盤と支持者ネットワークが存在する。CBSニュースは5日、投票手続きなどを定める州の法律は基本的に二大政党制を前提として設計されており、「ほとんど全ての州法が、第三政党の出現を可能な限り困難にしている」との専門家の分析を紹介した。過去の大統領選挙においても、第三政党候補や無所属候補が二大政党の強固な壁に阻まれ、苦戦を強いられてきた歴史がある。
ただし、第三政党や無所属候補が選挙結果に影響を与えた事例は過去にも存在する。1992年の大統領選挙では、実業家のロス・ペロー氏が無所属で立候補し、保守層の票がペロー氏と現職のジョージ・ブッシュ大統領(父、共和党)に分散した結果、ブッシュ大統領の敗北につながったとされる。マスク氏の挑戦も、たとえ議席獲得が少数にとどまったとしても、既存政党、特に保守票に影響を与える可能性は否定できない。
イーロン・マスク氏の新党設立構想は、米国の硬直した二大政党制に風穴を開けようとする試みとして注目される。中間選挙での限定的な議席獲得を目指す戦略は、連邦議会での「キャスチングボート」という明確な目標に基づいている。しかし、強固な政党構造、二大政党優位の法制度、歴史的な壁など、その前には非常に高いハードルが立ちはだかる。マスク氏の豊富な資金力や影響力をもってしても、第三政党が米国の政治システムに根を下ろすことは容易ではなく、今後の動向が注目される。