50年近く続いた恵庭の牧場での悲劇 知的障害者への虐待と消えた年金

北海道恵庭市の牧場で最長45年にわたり住み込みで働いていた知的障害者3人が、牧場側と恵庭市に対し損害賠償を求める訴訟を起こした問題は、日本社会に根深く残る障害者差別と劣悪な労働環境の実態を浮き彫りにしています。水道や暖房もない粗末な住環境、十分な食事も与えられない無償労働、そして5000万円以上にものぼる障害年金不正引き出しという衝撃的な事実が明らかになっています。なぜ、長年にわたる恵庭牧場での知的障害者虐待は見過ごされ、多額の年金不正引き出しされたのか。本記事では、この事件の詳細と背景に迫ります。

長年にわたる劣悪な労働と生活環境の実態

今回の訴訟で明らかになったのは、住み込みで働いていた知的障害者3人が置かれていた苛酷な環境です。彼らは休みなく牧場での労働に従事していましたが、給料は一切支払われていませんでした。最も長い人では約45年もの間、このような無償労働を強いられていました。

住環境も極めて劣悪でした。2階建てのプレハブ小屋に2人が住み、別の平屋に1人が住んでいましたが、水道や暖房は設置されていませんでした。特に冬の北海道で暖房がないことは、彼らの健康と命に関わる問題です。佐藤さん(仮名・60代)は、牧場主から「燃料が高くなったからもうだめだ」と言われ、ストーブを使わせてもらえなかったと証言しています。

虐待が行われていた恵庭の牧場の住み込み部屋の様子虐待が行われていた恵庭の牧場の住み込み部屋の様子

食事も簡素なものがほとんどで、空腹を満たすために敷地内の木の実を拾って食べる人もいたといいます。また、散髪には牛用のバリカンが使われるなど、人間としての尊厳が軽んじられる扱いが日常的に行われていました。佐藤さんは「おやじさん(牧場主)に切られた。この辺(耳の裏)か……」と当時の様子を語っています。

佐藤さんは現在の支援を受けた生活について触れつつ、当時の牧場での生活を振り返り、「(牧場を)出られた時はうれしいかなと思って。もういいです、あそこは…」と語っています。

知的障害者の年金5000万円以上が不正引き出し

劣悪な労働環境に加え、彼らが受け取るべき障害年金も不正に扱われていました。中度の知的障害がある佐藤さんを含む3人は、2カ月ごとに約14万円の障害年金を受け取っていましたが、その口座は牧場側が管理していました。

3人が牧場を離れた際、過去約20年間にわたり、合計で5000万円以上にのぼる障害年金が牧場主によって引き出されていたことが判明しました。佐藤さんは当初、牧場主が「人のものは使わない」と約束していたため信用していたものの、突然年金が使われていたことに衝撃を受けたと語っています。さらに、以前働いていた別の牧場で貯めてもらっていた貯金までなくなっていたことも明らかになっています。

恵庭の牧場で長年働かされていた佐藤さん(仮名)の現在の様子恵庭の牧場で長年働かされていた佐藤さん(仮名)の現在の様子

なぜ本人の同意なく年金を引き出したのか。取材に応じた牧場主の妻は、夫(故人)が彼らを「引き取って置いとくか」という経緯で受け入れたこと、年金管理は夫が行っていたこと、そして夫が「お前たちのかかるものはもらうぞ」と言っていたと説明しました。「労働者ではないからね。契約も何もしないでうちにただ扱ったんだから」という妻の言葉は、彼らが労働者ではなく、あたかも世話をする対象として扱われていた牧場側の認識を示唆しており、労働基準法の適用外と考えていた可能性がうかがえます。

元市議会議長だった牧場主への「忖度」か?見過ごされた虐待

これほど長年にわたる明らかな虐待と人権侵害が、なぜ行政や地域社会に見過ごされてきたのでしょうか。背景には、牧場主だった遠藤昭雄氏(2020年病気で死亡)の存在があったと指摘されています。遠藤氏は古くから酪農を営む地域のリーダー的存在であり、過去には恵庭市の市議会議長も務めていました。地域住民からは「とてもいい方」「面倒見のいい方」といった評判も聞かれ、その立場や人脈が問題の表面化を遅らせた可能性が指摘されています。

遠藤氏は、恵庭市で知的障害者を支援する団体「育恵会」の長年の会長でもありました。同会の会員である牧場や農場が、障害者の住み込み就労を提供していたのです。遠藤牧場の酪農部門が経営破綻した2016年、育恵会の元副会長は、障害者3人の行く末を案じ、恵庭市に相談を持ちかけていました。この時、市は問題の可能性を把握していたにも関わらず、本格的な調査や介入を行わず、結果として問題を放置していたと弁護側は主張しています。弁護側は、市が元市議会議長であった牧場主に対し、「忖度」があったために消極的な対応に終始し、行政の怠慢が虐待を見過ごす一因となったのではないかと見ています。

「飲み水に虫やゴミ」「ドアを内側から閉めていた」生々しい目撃証言

遠藤牧場に以前出入りしていたという男性は、3人が置かれていた劣悪な環境を具体的に目撃しています。男性が見たのは、豚舎の向かいにある漬物樽から水を汲み、体を拭いたり飲み水として利用していた様子です。その水には木のふたがしてあったものの、虫やゴミが浮いており、それを避けながら水を使っていたといいます。水道が使えなかったことを示唆する証言です。

さらに、男性はプレハブ小屋のドアが鉄の棒で内側から開けられないようにされていた状況を目撃しています。これは、彼らが外部との接触を制限され、事実上閉じ込められていた可能性を示唆します。また、部屋からひどい汚物の臭いがしたことを聞き、夜間にトイレまで行けず部屋で漏らしていたのだろうと理解したと述べています。牧場主の遠藤氏が障害者に対して「障害者だからこいつらに何言っても無駄だぞ」といった見下した発言をしていたことも明かしており、牧場主の障害者に対する差別意識が背景にあったことがうかがえます。佐藤さんは当時の心境として、「他の人は言わないけど、俺が出たいと思っていた」「それ言ってもダメだから、諦めようかなと思って」と、外部に助けを求めることを諦めていた状況を語っています。

まとめ:問われる行政の責任と根深い障害者差別

今回の恵庭市の牧場における知的障害者への虐待と年金不正引き出し問題は、長年にわたり人知れず行われてきた深刻な人権侵害の実態を明らかにしました。劣悪な労働・生活環境、無償労働、そして多額の障害年金不正引き出しといった事実は、彼らが人間として最低限守られるべき権利さえも奪われていたことを示しています。

特に問題視されるのは、育恵会からの情報提供がありながらも、元市議会議長という牧場主の立場への「忖度」からか、恵庭市が適切な調査・対応を怠ったとされる点です。行政の怠慢が、結果として虐待の長期化を招いた可能性は否定できません。

現在進行中の損害賠償請求訴訟は、被害者の救済だけでなく、日本社会に残る根深い障害者差別や、こうした問題を二度と起こさないための行政の責任のあり方を問い直すものとなります。この事件が、障害者の人権尊重と適切な支援の実現に向けた議論を深めるきっかけとなることが期待されます。


Source link: https://news.yahoo.co.jp/articles/660ccca4dc3347fa183ccbad826a6ff0729a8458