自衛隊が深刻な人手不足に直面している。定員約24万7000人に対し、2024年度末時点の実員は約22万3000人と、約2万3000人の不足が生じている状況だ。充足率は90.4%まで低下し、2023年度末からは4000人以上減少している。さらに、6月10日に開催された「自衛官の処遇改善に向けた関係閣僚会議」では、充足率がさらに悪化し89.1%となったことが報告された。自衛隊の充足率が9割を切るのは、1999年度以来25年ぶりのことであり、この事態は日本の防衛体制にとって憂慮すべき課題となっている。
自衛官充足率の現状:加速する人材不足
特に顕著なのが、最も下の階級である「士」の充足率の低さである。幹部では92.6%、曹では98.2%と比較的高い水準を保っているのに対し、「士」の充足率はわずか67.8%に留まっている。これは、若年層の隊員を十分に確保できていないことを明確に示している。
2023年度の自衛官採用実績は、1万9598人の採用計画数に対し、実際に採用できたのは9959人にとどまり、達成率は過去最低の51%という衝撃的な数字を記録した。中でも任期制の「自衛官候補生」の採用は深刻で、1万628人の募集に対し、3221人しか採用できず、達成率はわずか30%に落ち込んだ。これもまた過去最低の数値である(なお、2024年度の採用率は65%に回復しているものの、募集人数が前年度の半分程度に縮小されている点には注意が必要だ)。
人材確保が極めて困難な状況下で、現場の自衛官からは新入隊員の質に対する懸念の声も上がっている。
制服姿の自衛官、人手不足と厳しい任務環境
現場の声:特に深刻な海上自衛隊の現状
自衛隊全体の人手不足が叫ばれる中、特に海上自衛隊ではその傾向が強い。日常的に東シナ海での哨戒任務や弾道ミサイル防衛など、過重な任務をこなしていることに加え、そもそも長期にわたり洋上での勤務を余儀なくされるという特性から、船乗りとしての人気が低いことが背景にある。入隊試験の点数についても、陸海空の三自衛隊の中で海上自衛隊が最も低いという話も聞かれるほどだ。現場の海上自衛官は「選り好みをしている場合ではない」と、その苦しい胸の内を明かしている。
人手不足の複合的要因:少子高齢化と高学歴化
防衛省は、この人手不足の大きな要因を「静かなる有事」とも称される少子高齢化の進行と、有効求人倍率の上昇にあるとしている。これらが主たる要因であるという見解に異論はない。
加えて、昨今の大学進学率の上昇も自衛隊にとっては逆風となっている。防衛省は2018年に自衛官の募集対象年齢の上限を26歳から32歳まで引き上げ、採用の間口を広げる努力をしている。しかし、2021年のデータを見ると、任期制の「自衛官候補生」および非任期制の「一般曹候補生」の平均採用年齢は約20歳であり、高校卒業後すぐに18歳で入隊する割合が半数を占めている。大学を卒業してから自衛官候補生となる割合は約12%に過ぎず、主要な募集ターゲットが「高卒者」であることがわかる。
一方で、2024年度の大学進学率は過去最高の59.1%を記録し、短大や専門学校などを含む高等教育機関全体の進学率も87.3%と、こちらも過去最高を更新している。これはつまり、本来自衛官候補生や一般曹候補生の主要な担い手であった「高校卒業後すぐに就職する」人材の減少が、人口減少以上のスピードで進んでいることを意味する。
民間企業との競争と自衛隊のイメージ
人手不足を引き起こす要因はこれだけではない。民間企業や、警察などの他の公安職との熾烈な人材獲得競争も挙げられる。民間企業、特に大手企業では初任給を引き上げる傾向にあり、リモートワークやフレックスタイム制といった柔軟な働き方、キャリア自律の推進など、魅力的な人事施策を積極的に展開している。自衛隊も「ワークライフバランスの推進」や「多彩なキャリア」をアピールしているものの、その柔軟性は民間企業に比べてはるかに劣ると言わざるを得ない。
また、自衛隊そのものに対する社会的好感度は高い一方で、「元自衛官が民間に転職する」という場面では、その個人の能力が低く見積もられがちな傾向がある。自衛隊に在籍した経験が社会でプラスに評価されないのであれば、自衛隊に進むことは若者にとってリスクとみなされるだろう。
さらに、自衛隊には多様な職種が存在するにもかかわらず、一般には銃を持って匍匐(ほふく)前進するような“3K(きつい、汚い、危険)”のイメージが依然として強い。パワハラやセクハラ問題も一向になくならない。このような若者が忌避しがちな条件が揃っている上に、ウクライナ侵攻や台湾有事への懸念など、日本を取り巻く安全保障環境が悪化していることも、入隊をためらわせる要因となっている。
現代の若者と自衛隊の組織文化のギャップ
加えて、価値観の大きなギャップも考慮すべき点だ。どれほど働きやすい職場であると訴求したところで、自衛隊はあくまで軍事組織である。そこでは濃密な人間関係が形成され、プライバシーや外出の自由は制限され、時には理不尽とも思える上官の命令に従うことや厳しい叱責を受けることが求められる。心身ともに追い詰められる環境下で、最終的には「事に臨んでは、命を顧みない」という覚悟が要求される。
個を尊重し、一人ひとりに寄り添う姿勢が重視される現代社会で育った若者が、このような自衛隊の環境に対してギャップを覚えるのは、むしろ当然のことと言えるだろう。
自衛隊が直面する人手不足は、単なる労働力不足にとどまらず、少子高齢化、社会の変化、そして組織文化と現代の価値観との乖離が複雑に絡み合った、日本社会全体の課題を浮き彫りにしている。この深刻な状況に対し、抜本的な対策が喫緊に求められている。