定年後の「余裕」が招く落とし穴:元公務員夫婦のケースに学ぶ資産寿命の延ばし方

退職後の生活設計は、多くの日本人にとって重要なテーマです。特に、退職金というまとまった資金を手にした際、その管理を誤ると「資産寿命」が短くなり、思わぬ落とし穴にはまるケースが少なくありません。気が大きくなって高額な買い物をしてしまったり、知識がないまま安易な投資に手を出したりと、取り返しのつかない事態に陥る可能性もあります。本記事では、定年を迎えた元公務員夫婦の事例を通して、退職後の生活費見直しの重要性と、老後資金の適切な管理方法について山﨑裕佳子CFPの解説を基に深掘りします。

元公務員夫婦が陥った「定年後の罠」とは?

「また何か買ったのか?」玄関から聞こえる夫・雄一郎さん(仮名・63歳)の呆れた声に、妻・花江さん(仮名・63歳)は少し顔を曇らせます。最近、花江さんはオンラインショッピングに夢中で、連日のように宅配便が届くのが常です。現役時代は中学校の国語教師だった雄一郎さんと、小学校教員だった花江さん。同い年の二人は2年前に共に定年退職を迎えました。

再任用で教職を続ける選択肢もありましたが、夫婦ともに「働かずとも十分にやっていける」と考え、リタイアを選択。退職金4,000万円を含む預貯金は合計6,000万円に達していました。退職時に残っていた住宅ローン1,000万円は、この退職金から一括で返済し、既に独立している二人の子どもについても心配はいりません。夫婦は65歳から月々38万円(夫20万円、妻18万円)の年金を受給する予定で、それまでは預貯金を取り崩して生活していく計画でした。

定年前の夫婦の生活費は、住宅ローン12万円を含めて月45万円ほど。仕事が忙しく惣菜や弁当に頼る日が多かったため食費がかさんでいたことや、お互いが自由に使えるお金が多かったため、支出は多めでした。しかし、二人は「退職すれば自炊の機会が増え、付き合いも減るから生活費はぐっと抑えられるだろう」と、楽観的に考えていたのです。この安易な想定こそが、退職後の資産寿命を縮める大きな「定年後の罠」の入り口でした。

退職後の資産形成と賢い支出管理の重要性を示すイメージ退職後の資産形成と賢い支出管理の重要性を示すイメージ

退職後の支出を見直し、資産寿命を延ばすコツ

元公務員夫婦の事例が示すように、退職金というまとまった資金を得た後の油断は禁物です。特に、現役時代の支出習慣をそのまま引きずってしまうと、年金受給開始までの期間で貯蓄が予想以上に早く目減りするリスクがあります。生活費を「ぐっと減らせるだろう」という漠然とした見込みではなく、具体的な支出項目の見直しと適正化が不可欠です。

例えば、夫婦のケースでは花江さんのオンラインショッピングが支出増の一因となっています。退職後の時間が増えたことで新たな趣味や消費行動に走りがちな時期だからこそ、家計管理を徹底し、不要な出費を抑える意識が重要です。また、退職金を「遊んで暮らすための資金」と安易に捉えず、まずは「生活を守るための資金」として捉え、長期的な視点での資産運用計画を立てることが求められます。無計画な投資は、あっという間に資産を失うリスクを伴います。

定年後も豊かな生活を維持し「資産寿命」を延ばすためには、以下の点が重要になります。まず、退職直後に夫婦で今後の収支計画を具体的に立てること。現在の支出を詳細に把握し、無理のない範囲で削減できる項目を洗い出します。次に、退職金の一部を緊急予備資金として確保し、残りを目的別に区分けすること。そして、専門家のアドバイスを受けながら、低リスクで安定的な運用を検討することも有効な手段です。

結論:退職後の「余裕」がもたらす真のリスクへの備え

退職後の生活は、これまでの労働生活からの解放感と、まとまった退職金を手にしたことによる「余裕」を感じやすい時期です。しかし、この「余裕」こそが、適切な資産管理を怠る最大の落とし穴となり得ます。元公務員夫婦のケースは、定年後の生活費を安易に見積もり、支出を見直さなかった場合にどのようなリスクが潜んでいるかを示唆しています。

年金生活に入るまでの期間、そしてその後の長い老後を見据え、退職金を賢く管理し、資産寿命を最大限に延ばすための計画的な行動が求められます。単に貯蓄があるから安心、と考えるのではなく、専門家の助言も得ながら、家計の適正化とリスクを考慮した資産運用に真剣に取り組むことが、穏やかで安心できる老後を迎えるための鍵となるでしょう。


参考文献: