夏の猛暑対策として、駅や商業施設、イベント会場などで目にする機会が増えた「ミスト」。超微細な水しぶきが空間の温度を下げ、視覚的な涼しさも提供することで、多くの人々に利用されています。しかし、この快適さの裏には、見過ごされがちな公衆衛生上のリスクが潜んでいます。人工的な水環境は、時に危険な微生物、特に「レジオネラ属菌」の増殖を招く可能性があるのです。最近では、2025年大阪・関西万博の会場内にある水場からこの菌が検出され、一時的な水上ショーの中止に追い込まれた事例が、その危険性を改めて浮き彫りにしました。
公共スペースで涼しさを提供するミストの噴霧。レジオネラ属菌の感染リスクへの注意喚起
大阪万博でのレジオネラ属菌検出とその対応
大阪・関西万博の会場内施設で、レジオネラ属菌が指針値の20倍という高濃度で検出されたことは、大きなニュースとなりました。これを受け、会場の水上ショーは一時的に中止される事態に。その後、万博運営側はより精度の高い検査方法を導入し、水質の消毒や清掃を徹底するなどの対策を強化しました。その結果、約1ヵ月後にはレジオネラ菌の濃度が指針値を下回り、水上ショーも無事に再開されました。幸いにも、この件による健康被害は報告されていませんが、大規模イベントにおける水質管理の重要性を再認識させる事例となりました。
レジオネラ属菌の正体と特殊な感染経路
レジオネラ属菌は、自然界の土壌や淡水中に広く生息する細菌ですが、特に冷却塔、加湿器、温浴施設、噴水など、人工的な水環境で増殖しやすい特性を持っています。水処理の専門家である原田篤史氏は、この菌の特殊な感染経路について次のように説明します。「レジオネラ属菌は、食べ物や飲み水から感染することは非常に稀です。その真の脅威は、噴霧された細かい水滴、いわゆる『エアロゾル』を人が吸い込むことで感染症を引き起こす点にあります。この菌が食道や消化器ではなく、直接肺に到達して発症する点が、レジオネラ症の最も怖い特徴なのです。」
ミストや噴水のように霧状の水しぶきが広範囲に飛散する環境では、もし水がレジオネラ属菌に汚染されていた場合、菌を含んだエアロゾルが周辺空間に浮遊します。利用者は呼吸と共にこれを吸い込み、多ければ集団感染を引き起こす可能性も否定できません。コロナ禍で飛沫感染の映像が繰り返された経験を持つ筆者にとっても、ミストの周囲に漂うエアロゾルとそれが重なり、公衆の場でのミスト利用に対する不安が大きくなっています。
「レジオネラ症」の二つの病型とそのリスク
レジオネラ属菌に感染して発症する疾患は「レジオネラ症」と呼ばれ、その症状の重さによって主に二つの病型に分類されます。
一つは、比較的軽症で自然に治癒することが多い「ポンティアック熱」です。これは主に若い世代に見られ、軽い発熱程度で済むケースも少なくありません。症状が軽いため、感染した本人が気づかないこともありますが、人から人へ感染することはないとされています。
もう一つは、より深刻な「レジオネラ肺炎」です。これは重篤な肺炎を引き起こし、高熱、咳、呼吸困難といった症状が現れます。治療が遅れると重症化し、最悪の場合、命を落とす可能性もあります。特に免疫力が低下している方、高齢者、基礎疾患を持つ方々は、レジオネラ肺炎を発症するリスクが高く、病院や老人施設などで集団感染が報告された事例もあります。厚生労働省の報告によると、日本におけるレジオネラ肺炎の致死率は約6〜7%に達するとされ、その危険性が浮き彫りになっています。
結論
大阪・関西万博会場でのレジオネラ属菌検出は、公衆の場における人工的な水環境の適切な管理が、いかに重要であるかを私たちに示しています。快適な「ミスト」が、思わぬ感染症リスクを秘めている可能性があることを理解し、イベント主催者や施設管理者だけでなく、私たち一人ひとりが公衆衛生への意識を高めることが肝要です。今後も、このような大規模な水景施設を伴うイベントや施設では、徹底した水質検査と管理体制が求められ、利用者が安心して利用できる環境が確保されるべきです。